どんなニュース?簡単に言うと
2021(令和3)年1月 22 日、厚生労働省から 2021(令和3)年度の年金額の改定について、発表が行われました。それによると、2020(令和2)年度の金額から 0.1%の引き下げが行われるとのことです。そこで今回は、なぜ年金額が下がるのかなどを考えてみましょう。今回は2本立ての前編です。
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どんなニュース?もう少し詳しく!
なぜ、年金額はずっと同じ金額ではないのか
2021(令和3)年1月 22 日に厚生労働省が発表したのは、次のような文書です。
タイトルは「令和3年度の年金額改定についてお知らせします ~年金額は昨年度から0.1%の引き下げです~」とされています。
実は、国民年金や厚生年金の制度から支払われる年金は、最初に年金額が決定された後は、原則として年度がかわる際に金額を見直すことになっています。
このような話を聞くと、「毎年度、金額が変更されるなんて、随分、不安定な仕組みだな」と思われる方が少なくないかもしれません。
ところが、長く年金を受け取り続ける上では、年に一度、金額の見直しを行うことは、非常に重要な措置といえます。
それでは、なぜ、年金額の見直しが必要かを具体例で考えてみましょう。
例えば、老後の年金が年間 100 万円と決定された人がいるとします。
もしも、日本の年金制度が毎年度同じ額をもらえる仕組みだとすると、この人は年金をもらい始めて5年目も 10 年目も、年間 100 万円を受け取ることになります。
ところで、「モノの値段」は時間の経過とともに、社会経済情勢の変化に応じて変わることが多いものです。
例えば、以前は 100 万円で買えた自動車が、値上がりをして今では 110 万円するなどのことが起こります。
この場合、もしも年金額が毎年度変わらない仕組みだとすると、以前であれば 1 年分の年金 100 万円で買えた自動車が、今では 110 万円に値上がりしたので、1 年分の年金を全額はたいても買えないことになってしまいます。
つまり、同じ金額の年金をもらっているにもかかわらず、年金が“目減り”を起こしてしまうわけです。
このようなことが起こらないよう、100 万円の自動車が 110 万円になったのであれば、年間 100 万円の年金もそれに応じて増やそうというのが、年度がわりに年金額を見直す基本的な考え方になります。
これにより、「モノの値段」が上がっても年金額の“目減り”を防げることになるものです。
また、年金額は「現役世代の平均的な給料額」の一定割合を支払うという考え方で、金額が決められています。
それにもかかわらず、現役世代の給料額が増えた際に今までと同額の年金しかもらえないとしたら、「現役世代の平均的な給料額」に対して当初の割合よりも少ない年金しかもらえなくなってしまいます。
「現役世代の平均的な給料額」が増えたのであれば、年金額も同じように増やすことによって、はじめて当初の割合の年金を受け取り続けることが可能になります。
以上のような考え方から、国民年金や厚生年金の制度から支払われる年金は、「モノの値段」や「現役世代の平均的な給料額」が変わったら、それに応じて年金額も変更するという仕組みが採用されています。
ここまでは説明の便宜上、「モノの値段」などが“上がった場合”を例に挙げましたが、「モノの値段」などが“下がった場合”についても残念ながら同様の対応が行われます。
このような仕組みがあることにより、長く年金を受け取っていても原則として“同じ価値の金額”を受け取り続けることが可能になるものです。
ココがポイント! 年金額が年度がわりに見直される理由
「モノの値段」や「現役世代の平均的な給料額」が変わったら、それに応じて年金額も変更することで、“同じ価値の金額”を受け取り続けることが可能になる。
年金額改定で用いられる「物価スライド」「賃金スライド」
年金額を「モノの値段」を基準にして改定することを「物価スライド」と、「現役世代の平均的な給料額」を基準にして改定することを「賃金スライド」といいます。
「物価スライド」には、総務省が発表する全国消費者物価指数という統計数値が使用されます。
また、「賃金スライド」には、厚生年金の標準報酬の平均額が使用されることになっています。
総務省の全国消費者物価指数は、毎年 1 月下旬に前年のデータが公表されるため、次年度の年金額の改定についても同時期に発表が行われるものです。
また、年金額を改定する際に「物価スライド」と「賃金スライド」のどちらが行われるかは、年金受給者の年齢によって取り扱いが変わることになっており、原則は次のとおりです。
- 67 歳になる年度まで …「賃金スライド」で年金額を改定する
- 68 歳になる年度から …「物価スライド」で年金額を改定する
国民年金の老齢基礎年金も厚生年金の老齢厚生年金も、65 歳から受け取り始めるのが一般的です。
そのため、老齢年金を受け取り始めてからしばらくは「現役世代の平均的な給料額」を基準にして年金額の改定が行われ、途中からは「モノの値段」を基準にして改定が行われるのが原則ということになります。
しかしながら、実際の年金額改定は「モノの値段」と「現役世代の平均的な給料額」の変わり具合により、もっと複雑なルールが定められています。
具体的には、「モノの値段」などの変わり具合を次の6パターンに分類し、年金額の改定方法が細かく決められています。
【パターン1】「物価」「給料」とも上昇し、「物価」のほうがより大きく上昇した場合
【パターン2】「物価」「給料」とも上昇し、「給料」のほうがより大きく上昇した場合
【パターン3】「物価」「給料」とも低下し、「物価」のほうがより大きく低下した場合
【パターン4】「物価」「給料」とも低下し、「給料」のほうがより大きく低下した場合
【パターン5】「物価」は上昇したが、「給料」は低下した場合
【パターン6】「物価」は低下したが、「給料」は上昇した場合
メモ
本当は、「物価」などが上昇も低下もしなかった場合や「物価」と「給料」の変わり具合が等しかった場合について、パターン1から6のどこに含めて考えるかという問題があります。しかしながら、この点を説明に加えると理解が難しくなるので、本コラムでは上記の説明に留めることにします。
経済が順調に成長している場合には、パターン2の「物価」「給料」とも上昇し、「給料」のほうがより大きく上昇するケースが比較的多いといわれています。
そのため、パターン 2 のケースの場合には、年金額の改定方法は前述の原則どおり 67 歳になる年度までは「賃金スライド」で、68 歳になる年度からは「物価スライド」で行われることになります。
ちなみに、厚生労働省発表の資料では、上記6つのパターンを次のような図で説明しています(上記1から6のパターンの番号は、厚生労働省資料の番号の振り方とは異なります)。
ココがポイント!年金額改定と「物価スライド」「賃金スライド」
年金額の改定は、67 歳になる年度までは「賃金スライド」で、68 歳になる年度からは「物価スライド」で行われるのが原則である。
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2021 年4月から始まる「給料の低下に合わせた年金額改定の強化」
実は、2021(令和3)年度の年金額改定に当たっては、「モノの値段」には変化がなく「現役世代の平均的な給料額」は 0.1%低下するという状況となりました。
正確には、「モノの値段」の変わり具合は物価変動率という数値で、「現役世代の平均的な給料額」の変わり具合は名目手取り賃金変動率という数値で判断され、今回の結果は次のとおりです。
「物価変動率」(2020 年の値)= 0.0%
→ 前年と比べて「モノの値段」は変わらなかった。
「名目手取り賃金変動率」
= 実質賃金変動率(2017 年度から 2019 年度の平均)× 物価変動率(2020 年の値)× 可処分所得割合変化率(2018 年度の値)
= マイナス 0.1% × 0.0% × 0.0%
= 0.999 × 1.000 × 1.000
= 0.999
= マイナス 0.1%
→ 前年度と比べて「現役世代の平均的な給料額」は 0.1%下がった。
この場合は、前述のパターン1から6の分類に当てはめると、パターン5の「物価」は上昇したが「給料」は低下した場合が適用されることになっています。
パターン5に該当した場合には、「67 歳になる年度まで」「68 歳になる年度から」のいずれの場合についても「賃金スライド」で年金額が改定されるため、上記のとおり 0.1%のマイナスということになります。
このように、「物価」は上昇したが「給料」は低下した場合に「賃金スライド」による改定を行うのは、2021(令和3)年4月から施行となる新しい改定方法によるものです。
実は、従来であればパターン5の「物価」は上昇したが「給料」は低下した場合については、「67 歳になる年度まで」「68 歳になる年度から」のいずれの場合についても年金額の改定は行わないことになっていました。
そのため、今までであれば、今回のような年金額の引き下げは行われないことになります。
それにもかかわらず、2021(令和3)年度からこのようなケースで「賃金スライド」を行うようになったのには、理由があります。
「現役世代の平均的な給料額」が下がるということは、現在現役で働いている皆さんが支払う保険料の額が減少することを意味します。
日本の年金制度は現在支払われている保険料が、現在の年金支払いの原資となっているため、「現役世代の平均的な給料額」が下がり、支払われる保険料が減少しているにもかかわらず、年金額を従前どおりの金額で支払っていては、年金制度を維持することが困難になりかねません。
このような考えにより 2021(令和3)年4月からは、「モノの値段」は上昇したにもかかわらず「現役世代の平均的な給料額」が低下した場合には、「現役世代の平均的な給料額」の下がり具合に合わせて年金額を改定する「賃金スライド」を行うこととされたものです。
ココがポイント!給料の低下に合わせた年金額改定の強化
2021 年度の年金額は、物価の変動はなかったが給料が低下したため、「賃金スライド」により改定を行うことになった。
2021 年度は「マクロ経済スライド」を発動せず
また、年金額の改定にはマクロ経済スライドという仕組みもあわせて採用されています。
これは、年金額の改定に「現役世代の人口の減り具合」と「平均余命の伸び具合」を反映させようという仕組みです。
年金制度を運営する立場から見た場合、現役世代の人口が減るということは保険料収入が減ることを意味し、平均余命が伸びるということは年金の支払いが増えることを意味します。
つまり、現役世代の人口の減少と平均余命の伸びは、どちらも年金財政にマイナスの影響を与える現象といえます。
そのため、現役世代の人口が減り、また平均余命が伸びた場合には、仮に「物価スライド」や「賃金スライド」によって年金額を増やすことになったとしても、増額に一定程度のブレーキを掛け、年金財政を安定させる措置が取られるものです。
「現役世代の人口の減り具合」と「平均余命の伸び具合」によって年金の改定額を調整する割合のことを、マクロ経済スライドによるスライド調整率と呼んでいます。
2021(令和3)年度の年金額改定に当たっては、マクロ経済スライドによるスライド調整率はマイナス 0.1%と算出されました。
具体的には、次のような計算でスライド調整率が計算されています。
「マクロ経済スライドによるスライド調整率」
= 公的年金被保険者数の変動率(2017 年度から 2019 年度の平均)× 平均余命の伸び率(定率)
= 0.2% × マイナス 0.3%
= 1.002 × 0.997
= 0.998994
≒ 0.999
= マイナス 0.1%
しかしながら、「物価スライド」「賃金スライド」の結果として年金額が増加する場合に限り、マクロ経済スライドを実施するというルールがあります。
前述のとおり、2021(令和3)年度の年金額は「賃金スライド」によりマイナス 0.1%の改定となります。
従って、今回の改定では、マクロ経済スライドによる年金減額は行われないことになります。
実施されなかったマクロ経済スライドは、次年度以降の年金額の改定で「物価スライド」「賃金スライド」の結果として年金額が増額することになった場合に改めて行うこととし、それまでの間は未調整のまま残ることになります。
このように、マクロ経済スライドの未調整分を次年度以降に持ち越す仕組みを、キャリーオーバーと呼ぶことがあります。
スポーツくじで余った配当金が次回に持ち越される仕組みをキャリーオーバーと言いますが、それと似たような考え方といえるかもしれません。
ただし、持ち越されるものはだいぶ違いますが…。
ココがポイント!2021 年度のマクロ経済スライド
2021 年度はマクロ経済スライドによる年金減額は行われず、次年度以降にキャリーオーバーされる。
今回のニュースまとめ
今回は、厚生労働省が 2021(令和3)年1月 22 日に発表した「2021(令和3)年度の年金額の改定」について見てきました。
ポイントは次のとおりです。
- 「モノの値段」「現役世代の平均的な給料額」が変動したら、それに応じて年金額も変更することで、“同じ価値の年金”を受け取り続けることが可能になる。
- 年金額の改定は、67 歳になる年度までは「賃金スライド」で、68 歳になる年度から「物価スライド」で行うのが原則である。
- 2021 年度の年金額の改定は、物価の変動はなかったが給料が低下したため、「賃金スライド」により行うことになった。
- 2021 年度はマクロ経済スライドによる年金減額は行われず、次年度以降にキャリーオーバーされる。
今回の前編は年金額を毎年度見直す必要性から始まり、2021年度の年金改定がマイナスに至った制度上の仕組みを解説しました。
次回の後編は厚労省が発表したプレスリリース(「令和3年度の年金額改定について」)から、なぜ公表された数字になったのかを検証します。
次回をお楽しみに。
出典・参考にした情報源
厚生労働省ウェブサイト:令和3年度の年金額改定について
大須賀信敬
みんなのねんきん上級認定講師