どんな事例?簡単に言うと・・
複数の会社で働いて、それぞれで社会保険に入るときはどのような手続きが必要でしょうか。この場合、どの会社をメインの会社にするのかを選択する届書を提出します。今回はこの届書を提出する経験ができたので相談事例としてまとめます。書類提出の注意点、どの事業所をメインとして選ぶべきかの基準について解説してみます。
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こんな事例を考えてみましょう
起業して会社を営む猫野ホームズ氏。
彼は自身の会社で役員をしているので社会保険(健康保険と厚生年金)に入っています。
自身の会社はネット上のビジネスなので比較的時間がある。
そこでアルバイトとして更に別の会社で働くことをしてみたら、社会保険に入ることになってしまった・・・。
今回は私シモムーが実際に似たような相談を受けたので事例としてまとめることにしました。
実はある大きな失敗をしてしまったのです・・・。
今回の事例の何が問題なんでしょうか
2ヶ所以上の会社で社会保険に入る場合は、「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を提出しなければいけません。
これは、メインとなる事業所を選択して管轄する年金事務所または健康保険の保険者を自分で決めるというもの。
届出書の提出自体は記入例を見ながら書けばいいので問題ないのですが、一番悩んだのはメインの事業所をどう選べば良いのかという点。
ネットで調べても出てきませんし、日本年金機構のサイトでも選び方のアドバイスがありません。
この届出をする場合、メインとなる事業所をどう決めたら良いのかが問題となります。
解説してみましょう
複数の事業所で社会保険に入る場合はどんなとき?
最近の年金改正によって、社会保険に加入するハードルがどんどん下がっています。
例え、アルバイトであってもある程度の時間働くことになると、社会保険に加入します。
その要件としては、以下のとおり。
- 常時100人を超える事業所で働く
- 週20時間以上働く
- 月額の給料が88,000円以上もらえる
- 2ヶ月を超えて働く見込みがある
- 学生ではない
2024年(令和6年)10月からは事業所の規模が常時「100人」から「50人」と広がるので、ますます社会保険に加入する人たちが増えていきます。
労働基準法上、1週間の労働時間の上限は40時間なので、甲事業所で20時間、乙事業所で20時間で、どっちも社会保険に入るということはあり得ます。
ただ、
よくあるのは今回のホームズ氏のように、A事業所で役員をしていて、B事業所で普通の労働者として働くという場合。
通常、役員は労働者ではないので労働時間の縛りはなく、B事業所でフルタイムで働くということもできてしまいます。
これはできません。
例えば、失業した際に失業給付を受けられる雇用保険は、複数の事業所で勤務していても報酬が多い事業所でのみ加入しますが、社会保険は1箇所のみという縛りはありません。
そこで、以下の手続きが必要となるのです。
メモ
複数の事業所の中に「船舶所有者」がいると、その船会社でのみ社会保険に入り、他では加入しないというルールがあります。今回は船会社は無関係の事例です。
複数の事業所で働く場合の社会保険の手続は?
では、複数の事業所で働いて、どちらも社会保険加入の要件を満たす場合の手続きを見てみましょう。
端的に言うと、どの事業所をメインにするか選択する届出をしないといけないのです。
まず、
新しく働くB事業所では新入社員が社会保険の資格を取得したとして届出をします(これはB事業所がやってくれます)。
次に、
それと同時に、ホームズ氏は「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を自分自身で提出しなければいけません。
どんな届出用紙なのかは日本年金機構のウェブサイトに載っています。
-
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/todokesho/hihokensha/20140820-03.html
続きを見る
この用紙の中ではAB両事業所の「事業所整理記号」「被保険者整理番号」などを記入しなければいけないのでそれぞれの人事総務担当に確認する必要があります。
提出期限は、働き始めて「10日以内」となっているので急ぎます。
提出場所は日本年金機構の事務センターです。管轄のセンターにホームズ氏は郵送で提出しました。
-
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/todokesho/20150216.html
続きを見る
被保険者所属選択・二以上事業所勤務届の3つの疑問
Q なぜメインの事業所を決める必要がある?
健康保険の保険証を一本化するためです。
1人で複数の保険証は持てないので、どこの保険証を持ちたいか選択するということなのです。
健康保険の運営者は数多くありますので選択の余地があります。
全国健康保険協会が運営する「協会けんぽ」や「◯◯健康保険組合」など。
反対に厚生年金の運営者は「政府」のみなので、どこの事業所がメインだろうと関係ありません。
ホームズ氏は既にA事業所(協会けんぽ)の保険証を持っていたので、これを添付して届書を提出しました。
現在の保険証は一旦終わりにさせて、選択後に届く保険証1枚のみを使うことになります。
Q メインの事業所を選ぶ基準はあるのか?
どの事業所を選ぶべきか。その判断基準はあるのか?
この点、年金加入者ダイヤルで相談してみると、
「給料が高い方の事業所を選択してください」
との回答。
と意地悪く質問してみると、
「私たちはそのように案内しております」
と落ち着いて回答されました(「このオペレーターできるっ」と元年金相談コールセンター出身のシモムーは思ったものです)。
実際にどの事業所をメインにするか、その基準は無く、給料が低い方の事業所を選択するのでもOKなのです。
Q 保険料はどうやって決まるのか?
保険料はどう決まるのでしょう。
複数の事業所の給料を合算して、そこに保険料率を掛けて保険料額全体を算出し、各事業所の給料の額に応じて按分(あんぶん)して負担します。
これだけではイメージしづらいので、実際にホームズ氏の会社(A事業所)に届いた決定通知を見ながら確認しましょう。
ここで、
ホームズ氏の給料は以下のとおり。
- A事業所の役員報酬:12,000円/月額
- B事業所の給料:171,900円/月額
- 報酬月額合計:183,900円
- 標準報酬月額:180,000円
例えば、健康保険料の額を見てみると、
標準報酬月額180,000円に協会けんぽの保険料率(神奈川県令和4年度)を掛けて、更に、A事業所の給料/(A事業所の給料+B事業所の給料)の割合を掛けています。
結果、A事業所の負担額は「1,349.5円」と計算されました。
これを労使折半なので会社とホームズ氏で半額ずつ負担します。
B事業所にも同じ通知が行っているはず。
このように各事業所の給料の割合に応じて保険料を公平に負担するわけです。
ホームズ氏を襲った栄光と挫折とは
栄光:A事業所の役員報酬の手取りがアップ
目を輝かせながら、はじける笑顔のホームズ氏。
A事業所の社会保険にのみ加入していた時のホームズ氏が負担してきた保険料額は以下のとおりでした。
- 健康保険:3,332円/月額
- 厚生年金保険:8,052円/月額
- 合計:11,384円
- 手取り額:598円(所得税控除後)
今回、B事業所にも加入したところ、
- 健康保険:675円/月額
- 厚生年金保険:1,075円/月額
- 合計:1,750円
- 手取り額:9,937円(所得税控除後)
と手取り額が大幅にアップ!珍現象がおきました!
ホームズ氏のA事業所の役員報酬は月額12,000円で変更はありません。なぜでしょう?
それもそのはず。
A事業所の社会保険のみに加入していた場合は、12,000円の給料は、健康保険は58,000円、厚生年金は88,000円とみなされ、つまり引き上げられて、それぞれに保険料率を掛けて算出します。
B事業所の社会保険にも入ると、現実の報酬月額に応じた分のみ(12,000円/(12,000円+171,900円))を負担するので、結局保険料が大幅ダウンしたのです。
このようにホームズ氏は手取りアップという栄光を掴んだのです!
挫折:メインの事業所選択に失敗した
栄光を掴んだのも束の間。
ホームズ氏が死にそうな顔でやってきました。
か細い声で泣き崩れるホームズ氏。
ある日、B事業所から「インフルエンザ予防接種: 費用補助のご案内」というメールが届きました。
予防接種を受けるにあたり、B事業所の健康保険組合から補助が出るとのこと。
補助を受けるためには、B事業所健康保険組合の保険証で受診しなければいけなかったのです。
ホームズ氏が選択した協会けんぽにはこのような費用補助はありません。
しかし、よく考えてみると、B事業所の健康保険組合にも保険料は納めているわけです。
そこで、B事業所健康保険組合に問い合わせてみると、
「こちらを選択していないので無理ですね」
との回答。
ちょっと納得いきませんが、仕方ありません。
このように、ホームズ氏は大きな挫折を味わったのです・・。
シモムーが考えるメインの事業所はこう選択せよ!
今回の一連の経験で、私自身も大変勉強になりました。
この届書が健康保険のサービスを選択するものだという理解のうえで、メインの事業所はこう選択せよというアドバイスで締めくくります。
協会けんぽ vs 協会けんぽ
正直、どっちでもいいです。受けられるサービスは同じだからです。
甲健康保険組合 vs 甲健康保険組合
まじで、どっちでもいいです。同じ健保組合なら受けられるサービスは同じです。
協会けんぽ vs 健康保険組合
これは、健康保険組合を選ぶべき。ホームズ氏が経験した予防接種の補助のように、健康保険組合が独自に行うサービス・給付が期待できます。
甲健康保険組合 vs 乙健康保険組合
これは、それぞれの健保組合の独自サービス・給付を比較して検討すべき。保養所などの福利厚生も比較してください。
今回の事例まとめ
今回は複数の事業所で働いて、それぞれ社会保険に入る場合の手続き解説しました。
ポイントは以下のとおり。
- 加入要件を満たせば複数の会社で社会保険に入る必要があり、自分自身でメインとなる事業所を選択する必要がある
- 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届は健康保険の保険証を一本化させるためのもの
- 各事業所の給料の割合に応じて保険料を公平に負担する
- 健康保険のサービスを選択する視点で選ぶべき
一度、出してみたかった「被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」ですが、ようやく夢が叶いました。
制度上の知識としてはわかっていても、実際に手続きをしてみないとわからないものです。
ただ、今回のB事業所のように選択しなかった健康保険のサービスが全く受けられないというのは納得いきません。
B事業所の健保組合に多くの保険料を納めているのに、です。
あとは他にもいろいろな疑問が生じています。
- マイナンバーカードが保険証になった場合、複数の事業所に勤める場合はどのように仕組みが変わるのか
- 給料が変わった場合の改定手続きはどうするのか
- どちらかの会社を退職した場合は自動的に1箇所の事業所に勤める形に変わるのか、何か手続きが要るのか
- 再度この届けを出して再選択することはできないのか
また何か判明したらコラムで取り上げていきます。
みなさんはホームズ氏のように挫折を経験しないよう、慎重に選択してください。
出典・参考にした情報源
日本年金機構ウェブサイト:
-
複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き|日本年金機構
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事例は実際の相談をヒントにしたフィクションです。記事中のアルファベットは実在の人物・企業名と関係ありません。記事は細心の注意を払って執筆していますが、執筆後の制度変更等により実際と異なる場合もあります。記載を信頼したことによって生じた損害等については一切責任は負えません。
シモムー
みんなのねんきん主任講師