どんなニュース?簡単に言うと
2020 年(令和2年)6月 25 日、日本年金機構のホームページに「新型コロナウイルス感染症の影響に伴う休業で著しく報酬が下がった場合における標準報酬月額の特例改定のご案内」というものが掲載されました。これは一体、どのような仕組みなのでしょうか。
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どんなニュース?もう少し詳しく!
そもそも標準報酬月額とは
「~報酬が下がった場合における標準報酬月額の特例改定のご案内」とありますので、標準報酬月額に関係のある仕組みのようです。
ところで、皆さんは標準報酬月額がどういうものかを知っていますか。
標準報酬月額とは厚生年金の保険料額を決める際、計算の基になる金額です。
実は、厚生年金の保険料の金額は、会社から支給されている給料額を直接、計算に使用して決めているわけではありません。
標準報酬月額という、実際の給料額とは“少し異なる金額”を計算に使用しています。
例えば、会社から支給されている給料額が 21 万円以上 23 万円未満の従業員の場合には、その中間の値に相当する“22 万円”がその従業員の標準報酬月額と決められます。
この場合、厚生年金の保険料額は「22 万円×保険料の割合」という計算で算出されます。
従って、給料額が 21 万円の従業員も 22 万9千円の従業員も、保険料の金額は「22 万円×保険料の割合」という同じ計算式で決まることになります。
このように、標準報酬月額は保険料計算用の“仮の給料額”のような存在といえます。
厚生年金の制度では、「給料が○○万円以上○○万円未満の人は、標準報酬月額を〇〇万円とする」という決まり事が全部で 31 種類あり、この標準報酬月額の種類のことを等級と呼んでいます。
給料が低いほど1等級、2等級というような“小さな数字の等級”に割り当てられ、反対に給料が高いほど 30 等級、31 等級というような“大きな数字の等級”にランク付けされることになります。
以上の内容は、次のような「厚生年金保険料額表」という一覧表にまとめられています。
ココがポイント!標準報酬月額とは
標準報酬月額とは、厚生年金の保険料の計算に用いられる“仮の給料額”のような数値である。
標準報酬月額の“見直し作業”の仕組み
会社に就職をして厚生年金に加入すると、同時に標準報酬月額が決定されます。
しかしながら、入社時に決められた標準報酬月額が、在職中ずっと使い続けられるわけではありません。
前述のとおり、標準報酬月額は実際に会社から支給されている給料額とは一致をしないのが通常です。
そのため、一旦、決めた標準報酬月額をあまりに長く使い続けていると、実際の給料額との金額の差が大きくなり過ぎてしまう可能性があります。
仮に、そのようなことがあれば、実際の給料額に見合わない保険料を支払うことになってしまいます。
このような事態に陥らないよう、標準報酬月額は一定のルールに基づいて“見直し作業”を行い、実際に支給されている給料額との差異が大きくなり過ぎないようにコントロールされることになります。
具体的には、年に1回の“定期見直し作業”を行うとともに、別途、“昇給・降給時の見直し作業”が行われます。
前者を「定時決定」、後者を「随時改定」といいます。
標準報酬月額の“見直し作業”は他にもあるのですが、実務上、実施頻度の高い仕組みは「定時決定」「随時改定」の2つの方法になります。
ココがポイント! 標準報酬月額の“見直し作業”
標準報酬月額の“見直し作業”では、年に 1 回の“定期見直し作業”に当たる「定時決定」と、“昇給・降給時の見直し作業”である「随時改定」の2つがよく行われる。
随時改定と特例改定の相違点
今回、日本年金機構から発表された「標準報酬月額の特例改定」とは、標準報酬月額の典型的な2つの見直し作業のうち、「随時改定」の特例的な仕組みといえる制度です。
それでは、通常の随時改定の条件から説明しましょう。
随時改定は、原則として次の条件が全て揃うと行われます。
- 昇給や降給などにより固定的賃金が変動したこと。
- 変動月以降の引き続く3カ月とも、支払基礎日数が 17 日以上あること。
- 変動月から3カ月間の給料の平均額から求めた標準報酬月額と現在の標準報酬月額とに2等級以上の差があること。
以上の3つの条件が揃ったときに、給料額が変わってから4カ月目の標準報酬月額から変更されることになります。
例えば、会社都合で休業を命じられた従業員が、4月から通常の給料よりも少ない休業手当の支払いを受け始めたとします。
このような場合には、4・5・6月の3カ月間の給料の平均額から求めた標準報酬月額が今までの標準報酬月額と2等級以上の差があり、支払基礎日数の条件も満たすのであれば、随時改定の対象となります。
その結果、給料額が変わってから4カ月目に当たる7月から標準報酬月額が変更されることになります。
図で見ると次のとおりです。
この場合、4・5・6月については、標準報酬月額は今までどおりで変わりありません。
そのため、4・5・6月は「給料は下がったのに、保険料は下がらない」という状況に陥ります。
これが、随時改定の基本的な仕組みです。
これに対して、「標準報酬月額の特例改定」は、原則として次の条件を全て満たす場合に行うことが可能です。
- 新型コロナウイルス感染症の影響で従業員を休業させたため、2020 年(令和2年)4月から7月までの間に「給料が著しく低下した月」があること。
- 「給料が著しく低下した月」の給料額から求めた標準報酬月額が、今までよりも2等級以上、下がっていること。
- 特例改定を行うことについて、従業員本人が書面で同意していること。
以上の条件が揃うと、給料額が下がった翌月から標準報酬月額を変更することが可能になります。
例えば、前述の会社都合による休業により、4月から通常の給料よりも少ない休業手当が支払われるようになった従業員のケースでは、特例改定の場合には、給料が下がった翌月である5月から標準報酬月額が変更されることになります。
図で見ると次のとおりです。
通常の随時改定であれば、標準報酬月額は7月から変更されるところですが、特例改定では随時改定よりも2カ月早い5月から変更されることになります。
このことは換言すれば、随時改定よりも2カ月早く、実際の給料額に見合った保険料負担に変更されることを意味しています。
つまり、給料の低下が保険料支払いに反映する時期が、随時改定よりも2カ月早いというのが、「標準報酬月額の特例改定」の最大の特徴といえます。
この仕組みにより、新型コロナウイルス感染症の影響で会社から休業を命じられた従業員の皆さんに対して、保険料の負担を軽くしようというものです。
随時改定と特例改定を図で比較すると、次のとおりです。
ココがポイント!特例改定の仕組み
特例改定とは、新型コロナウイルス感染症の影響で従業員を休業させ、2020 年(令和2年)4月から7月までの間に「給料が著しく低下した月」がある場合について、随時改定よりも2カ月早く実際の給料額に見合った保険料負担に変更できる仕組みである。
特例改定が利用できないケースもある
ただし、次のようなケースでは、特例改定は利用できません。
《事例1》標準報酬月額が2等級以上、下がらない場合
特例改定を利用するためには、「給料が著しく低下した月」に支払われた給料額から求めた標準報酬月額が、今までよりも2等級以上、下がっていることが必要です。
新型コロナウイルス感染症の影響による休業で給料は下がったが、標準報酬月額を比較すると「1等級しか下がっていない」「等級が変わらない」などの場合には、特例改定の対象にはなりません。
このような場合は、次の定時決定までは、今までの標準報酬月額を使い続けることになります。
《事例2》2020 年(令和2年)5月から同年8月以外の期間の場合
特例改定の対象となり得る期間は「緊急事態宣言が発令された翌月から、本年度の定時決定の前月まで」になります。
従って、最大で 2020 年(令和2年)5月から同年8月までの4カ月分が特例改定の対象期間となります。
そのため、新型コロナウイルス感染症の影響による休業で給料が下がったとしても、例えば 2020 年(令和2年)3月や4月が特例改定の対象になることはありません。
《事例3》給料が下がるまでの被保険者期間が3カ月未満の場合
特例改定の対象になるためには、「給料が著しく低下した月」までに、低下した月を含めて3カ月の被保険者期間があることが必要です。
例えば、2020 年(令和2年)4月に入社した従業員について、新型コロナウイルス感染症の影響で5月から休業させたような場合には、「給料が著しく低下した月」までに、低下した月を含めて2カ月の被保険者期間(4月と5月)しかありません。
従って、このようなケースでは今回の特例改定の対象にはならず、入社時に決定した標準報酬月額をそのまま使い続けることになります。
《事例4》従業員を通常どおりに出勤させて減給した場合
従業員を通常どおりに出勤させている会社が、新型コロナウイルス感染症による業績不振を理由に給料を下げるケースがあります。
この場合には、従業員を通常どおりに出勤させているのですから、特例改定の条件である「~従業員を休業させた」という項目を満たしていないことになります。
そのため、給料が下がったとしても特例改定の対象にはならず、通常の随時改定の対象になるかどうかを検討することになります。
《事例5》テレワークによる給料の減少の場合
新型コロナウイルス感染症の影響のより、従業員をテレワークで働かせる会社が増えています。
テレワークの場合には、「会社で勤務するよりも残業時間が短くなり、その分、給料が下がった」「交通費の支払いが減ったため、給料が下がった」などのケースがあるようです。
しかしながら、テレワークは会社以外の場所で業務を行っている状態であり、従業員を休業させているわけではありませんので、特例改定の対象にはなりません。
以上のように、新型コロナウイルスに関連していれば必ず特例改定の対象になるわけではありませんので、注意が必要です。
ココがポイント!特例改定が利用できないケース
「標準報酬月額が2等級以上、下がらない場合」「給料は下がったが、従業員を通常どおりに出勤させている場合」などでは、特例改定は利用できない。
『専用の申請書』と『申立書』で手続きを
特例改定を利用する場合の申請書類は、次の2点になります。
- 『健康保険・厚生年金保険 被保険者報酬月額変更届(特例)』
- 『新型コロナウイルス感染症の影響に伴う標準報酬月額の改定に係る申立書』
特例改定の制度を利用するには、対象となる従業員の書面による同意が必要ですが、『同意書』自体は提出書類ではありません。
ただし、『同意書』は申請内容を確認できる他の書類とともに、2年間の保存が義務付けられていますので、しっかりと保管をしておくことが必要です。
申請書類の準備ができたら、管轄の年金事務所に郵送で提出すれば、申請手続きは完了となります。
厚生年金関係の申請書類は日本年金機構の事務センターに提出を求められるケースが多いですが、特例改定の申請書類については、提出先として事務センターではなく年金事務所が指定されていますので、間違わないようにしましょう。
申請書類の受付期間は、2020 年(令和2年)6月 26 日(金)から 2020 年(令和3年)2月1日(月)までになります。
ただし、現時点では特例改定の手続きを電子申請や電子媒体申請で行うことができません。
そのため、紙の申請用紙に必要事項を記入し、期限までに提出することになります
ココがポイント!特例改定の申請手続き
特例改定の申請は、『専用の申請書』と『申立書』の2点を管轄の年金事務所に郵送することで行う。期限は 2020 年(令和3年)2月1日までで、紙の申請用紙を利用する。
今回のニュースまとめ
今回は、新型コロナウイルス感染症対策として設けられた、厚生年金の「標準報酬月額の特例改定」について、基本的な仕組みを見てきました。
ポイントは次のとおりです。
- 標準報酬月額とは、厚生年金の保険料の計算に用いられる“仮の給料額”のような数値である。
- 標準報酬月額の“見直し作業”では、「定時決定」と「随時改定」の2つがよく行われる。
- 特例改定とは、新型コロナウイルス感染症の影響で従業員を休業させ、2020 年(令和2年)4月から7月までの間に「給料が著しく低下した月」がある場合について、随時改定よりも2カ月早く、実際の給料額に見合った保険料負担に変更できる仕組みである。
- 「標準報酬月額が2等級以上、下がらない場合」などでは、特例改定の制度は利用できない。
- 特例改定の申請は、『専用の申請書』と『申立書』の2点を管轄の年金事務所に郵送することで行う
特例改定には、通常の随時改定よりも2カ月早く標準報酬月額を変更でき、その結果、実際の給料額に見合った保険料負担に迅速に変更できるというメリットがあります。
ただし、特例改定にデメリットがないわけではありません。
代表的なデメリットが、「特例改定を利用すると、将来の年金が減額される」という点です。
老後に受け取る厚生年金の老齢年金は、現役時代の標準報酬月額が高いほど額が多くなる仕組みです。
従って、特例改定を利用した結果として、自分の年金記録に「低い標準報酬月額の月数」が増えるということは、その分、将来受け取る老齢年金の金額が減ることを意味します。
もちろん、特例改定が認められる期間は最大で4カ月間だけなので、年金額へのマイナスの影響はそれほど大きいとは言えません。
しかしながら、減額に繋がることには変わりがありません。
従って、「標準報酬月額の特例改定」は目先の保険料負担の問題だけでなく、将来の年金額への影響も見据えて利用を検討したほうがよさそうです。
2020年7月15日追記
2020年7月15日から、標準報酬月額の特例改定の手続き方法が一部変更になりました。上記解説のとおり、当初は「電子申請」および「電子媒体申請」による手続きはできませんでしたが、2020年7月15日から「電子証明書を利用したe-Govからの電子申請」による特例改定の手続きが可能になりました。ただし、「GビズIDを利用した電子申請」や「電子媒体申請」には、まだ対応をしていないようです。
出典・参考にした情報源
日本年金機構ウェブサイト:
【事業主の皆さまへ】新型コロナウイルス感染症の影響に伴う休業で著しく報酬が下がった場合における標準報酬月額の特例改定のご案内
-
【事業主の皆さまへ】新型コロナウイルス感染症の影響に伴う休業で著しく報酬が下がった場合における標準報酬月額の特例改定のご案内|日本年金機構
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大須賀信敬(スカッち先生)
みんなのねんきん上級認定講師