どんなニュース?簡単に言うと
2019年12月現在、政府ではパートタイマーの厚生年金加入基準を拡大することが検討されています。そこで、今回はパートタイマーの厚生年金加入基準についてこれまでの変遷を振り返り、その上で、現在検討されている内容を考えてみようと思います。
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どんなニュース?もう少し詳しく!
1980 年に定められたパートタイマーの「4分の3基準」
元来、パートタイマーの厚生年金加入基準には、全国統一のルールが設けられていませんでした。
そのため、地域ごとに「実情に応じた取扱基準」を定めて運用するなどの方策が取られていたものです。
その後、1980 年(昭和 55 年)の半ばに、当時の厚生省によって統一的な基準が定められ、全国で利用されることになります。
この基準を「4分の3基準」または「4分の3要件」といいます(本稿では以降、「4分の3基準」と呼ぶことにします)。
当時定められた「4分の3基準」では、次の条件を満たした場合に厚生年金の加入対象にするとされました。
1日または1週の所定労働時間および1月の所定労働日数が常時雇用者のおおむね4分の3以上である場合
所定労働時間や所定労働日数の「所定」とは、「会社と契約した~」「企業が定めた~」というような意味合いの用語です。
つまり、パートタイマーの場合には、会社と契約した「働く時間数と日数」の両方が一般社員のおおむね“4分の3以上”であれば、厚生年金の加入対象になるとしたものです。
例えば、一般社員の1日の所定労働時間が8時間、1月の所定労働日数が 22 日という企業があるとします。
この場合、1日の所定労働時間は6時間以上(8時間×4分の3=6 時間)、1月の所定労働日数は 16.5 日以上(22 日×4分の3=16.5 日)で、いずれも一般社員の“4分の3以上”となります。
従って、この両方を満たす勤務形態のパートタイマーの場合には厚生年金に加入することになるというのが、「4分の3基準」の原則的な考え方になります。
「働く時間数と日数」の両方が一般社員の“4分の3以上”ならば、一般社員と遜色のない働きぶりなのだから、厚生年金に加入してくださいということです。
「4分の3基準」に内在した2つの問題点
ただし、この「4分の3基準」には2つの問題点がありました。
1 番目の問題点は、この基準が“法津で定められた基準”ではないことです。
厚生年金に関するさまざまなルールは、厚生年金保険法などの法律に規定されています。
しかしながら、パートタイマーの厚生年金加入基準である「4分の3基準」は、厚生年金保険法などの法律に定められたものではありませんでした。
実は、この「4分の3基準」は 1980 年(昭和 55 年)6月に当時の厚生省が作成した“内かん”と呼ばれる内部文書に記載されていたものです。
“内かん”とは、行政機関の内部ルールを記した“内規”のような性格の文書です。
そのため、“内かん”の記載内容は法的拘束力を持たないとする見解が一般的です。
このように、パートタイマーの厚生年金加入基準は、法的根拠が曖昧なまま運用されていたという事情があります。
2番目の問題点は、厚生年金の加入対象かどうかの判断基準が明確ではないことです。
前掲した「4分の3基準」の文章をよく見ると、単なる“4分の3以上”ではなく“おおむね4分の3以上”と記載されていることが分かります。
これは“4分の3以上”という数値基準が、必ずしも絶対的な基準ではないことを示しています。
実務上は、「働く時間数と日数」の両方が一般社員の“4分の3以上”に該当しないケースでも、勤務の実態で判断した結果、厚生年金への加入を命じられることもあったものです。
つまり、判断基準に“おおむね”とあるのは、制度を運営する行政側に“裁量の余地”を残していることを意味します。
“4分の3以上”が絶対的な基準ではなく、行政側に“裁量の余地”があるのですから、制度を利用する企業や国民にとって分かりやすい仕組みとはいえません。
以上のように、1980 年(昭和 55 年)の半ばにスタートしたパートタイマーの「4分の3基準」は、「法的根拠と判断基準が曖昧である」という問題点を抱えていたものです。
2016 年 10 月から始まった「新・4分の3基準」
以上のような問題を踏まえ、2016 年(平成 28 年)10 月1日からは 30 数年間にわたって運用されてきた「4分の3基準」がリニューアルされ、新しい「4分の3基準」が使用されることになりました。
具体的には、新しい「4分の3基準」では次の条件を満たした場合、厚生年金の加入対象にするとされました。
1週の所定労働時間および1月の所定労働日数が常時雇用者の4分の3以上の場合
この新しい「4分の3基準」は、それまでの「4分の3基準」と以下の点で異なります。
- 厚生年金保険法の第 12 条に規定することにより、法的根拠を明確にした。
- 働く時間数の基準は「1週の所定労働時間」だけを対象にすることとし、「1日の所定労働時間」は考慮しないことにした。
- “おおむね4分の3以上”としていた判断基準を単なる“4分の3以上”に変更し、行政側の“裁量の余地”を排除することにより、判断基準を明確にした。
つまり、法的根拠と判断基準の両方を明確化した「新・4分の3基準」がスタートしたものです。
この「新・4分の3基準」が、現在、運用されているパートタイマーの厚生年金加入の基本ルールになっています。
「新・4分の3基準」に該当しなくても加入を求める「短時間労働者」の制度がスタート
実は、パートタイマーの厚生年金加入基準には、「新・4分の3基準」と同時に 2016 年(平成 28 年)10 月1日から始まったもう一つの制度があります。
これは、一定規模以上の企業で働くパートタイマーについて、「新・4分の3基準」に当てはまらなくても厚生年金の加入を義務付ける全く新しい制度です。
この制度を「短時間労働者」の制度などといいます。
具体的には、「従業員数 501 人以上の企業」に勤めるパートタイマーの場合には、「新・4分の3基準」に該当しないとしても、次の要件を全て満たすのであれば「短時間労働者」という名称で厚生年金への加入が義務付けられたものです。
- 週の所定労働時間が 20 時間以上ある
- 雇用期間が 1 年以上見込まれる
- 賃金の月額が 8.8 万円以上である
- 学生でない
さらに、半年後の 2017 年(平成 29 年)4月からは、「従業員数 500 人以下の企業」についても、労使が合意すれば「短時間労働者」の制度を導入することが可能となりました。
ちなみに、国の機関の場合には 2016 年(平成 28 年)10 月から、職員数にかかわらず「短時間労働者」の制度の導入が義務付けられています。
地方公共団体の機関の場合には、職員数 501 人以上の場合には 2016 年(平成 28 年)10月から、500 人以下の場合には 2017 年(平成 29 年)4月から「短時間労働者」の制度の導入が義務付けられています。
現在、検討されている「“従業員数要件”の大幅引き下げ」
現在、政府で検討されているパートタイマーの厚生年金加入基準の拡大の中で、有力な候補として上がっているのは、「短時間労働者」の制度導入を義務付ける企業の“従業員数要件”を引き下げようというものです。
前述のとおり、現行制度では民間企業の場合には「従業員数 501 人以上の企業」が、「短時間労働者」の制度の導入を義務付けられています。
この点について、もっと従業員数の少ない企業に対しても制度を義務化しようということが検討されているわけです。
具体的には、本稿執筆時点では「従業員数 51 人以上の企業」にまで段階的に要件を引き下げ、導入を義務化する案などが検討されています。
厚生労働省の発表によると、現在、「短時間労働者」として厚生年金に加入する人は約 40万人ですが、「従業員数 51 人以上の企業」までを加入対象にすると、新たに約 65 万人のパートタイマーが厚生年金に加入することになります。
政府では 2020 年(令和2年)の通常国会に関連法案を提出する方向で、現在、準備を進めているようです。
今回のニュースまとめ
今回は、パートタイマーの厚生年金加入基準について、これまでの制度変更の変遷と今後の展望を見てきました。
ポイントは次のとおりです。
- パートタイマーの厚生年金加入基準では、1980 年(昭和 55 年)から「4分の3基準」が採用されてきた。
- ところが、「4分の3基準」は法的根拠と判断基準が曖昧であるという問題を抱えていた。
- そこで、2016 年(平成 28 年)10 月から、法的根拠と判断基準を明確にした「新・4分の3基準」がスタートした。
- 同時に「短時間労働者」の制度が開始され、「従業員数 501 人以上の企業」に対して導入が義務化された。
- 現在は、「501 人以上」という“従業員数要件”を引き下げ、より従業員数が少ない企業への制度義務化が検討されている。
厚生年金保険料は企業が半額を負担しています。
そのため、パートタイマーの加入基準の拡大は、企業側から見れば経費負担の増加を意味する厳しい政策といえます。
とりわけ、財務基盤が脆弱な中小企業の経営に与える影響は、計り知れません。
万一、短時間労働者の制度が「従業員数 51 人以上の企業」にまで義務化された場合には、流通業やサービス業を営む多くの中小企業がその影響を被ることになります。
中小企業は日本経済を根底で支える要のような存在です。
従って、制度変更に当たっては、慎重な判断が必要といえるでしょう。
出典・参考にした情報源
日本年金機構ウェブサイト:
-
適用事業所と被保険者|日本年金機構
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大須賀信敬
みんなのねんきん上級認定講師