どんなニュース?簡単に言うと
扶養する配偶者がいると、年金に上乗せされることがある加給年金額。今春からは、年金の加給の付き方にも一部、変更点があるようです。
そこで、『新年度の年金改正を深掘りするシリーズ』の4回目となる今回は、配偶者加給年金額の変更点を整理しましょう。
前編となる今回は現行制度を解説するところから始めます。
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どんなニュース?もう少し詳しく!
扶養する配偶者がいると「配偶者加給年金額」が上乗せ
厚生年金の老後の年金は、年金制度への加入実績に基づいて支払われるのが原則です。
そのため、在職中の給与水準が高いほど、また厚生年金に長く加入していたほど、老齢厚生年金の額は多くなる仕組みです。
ところが、老齢厚生年金は一定の条件を満たすと、加入実績に応じた金額よりもたくさん受け取ることが可能です。
代表的なケースは、配偶者を扶養している場合です。
夫が妻を、または妻が夫を扶養している場合には、生活に必要となる資金も多くなります。
そのため、加入実績に応じた年金額に、配偶者を扶養していることによる金額の上乗せが行われるものです。
例えば、夫が妻を扶養しているケースでは、夫が受け取る老齢厚生年金に「扶養する妻がいることによる上乗せ」が行われます。
上乗せされる金額を配偶者加給年金額といい、特別加算(老齢厚生年金をもらう夫の生年月日に応じ、配偶者加給年金額に付け加えられる額)を含め、2021(令和3)年度であれば年額 257,900 円〜390,500 円の上乗せが行われることになります。
これから年金をもらう年齢の人であれば、2021(令和3)年度の上乗せ額は年額 390,500円です。
ただし、老齢厚生年金をもらう人に「配偶者がいる」という理由だけで、加給年金額が自動的に上乗せされるわけではありません。
配偶者を扶養していることが必要です。
もしも、配偶者を扶養している状態ではないのであれば、配偶者加給年金額が上乗せされることはありません。
ただし、ここで言う「扶養」は、世間一般で言う「扶養」とは大きく意味合いが異なります。
配偶者加給年金額の支払い条件である「扶養している状態」とは、「生計を維持している状態」とされ、原則として次の2つの条件を満たすことを求められます。
- 夫婦が一緒に暮らしていること。
- 扶養される側の前年の年収が 850 万円未満であること。
「夫婦が一緒に暮らしていること」を生計同一要件と、「扶養される側の前年の年収が850 万円未満であること」を収入要件と呼びます。
例えば、夫が妻の「生計を維持している」とされるためには、夫婦が一緒に暮らしており、なおかつ妻の前年の年収が 850 万円未満であることが必要になるものです。
ただし、夫と妻の収入額を比較することはありません。
皆さんは「夫が妻の生計を維持している」と聞くと、どのような状態を思い浮かべますか。
多くの人は、「夫の収入で夫婦ふたりが生活をしている状態」を想像するのではないでしょうか。
健康保険の場合にも、夫が妻を健康保険の扶養扱いにするには、「主として夫により妻の生計が維持されていること」が必要とされます。
この場合には、要件の一つに「妻の年間収入が夫の2分の1未満であること」という項目が設けられています。
つまり、健康保険では「妻の収入が夫の半分未満であれば、主に夫の収入で妻の生計が維持されていると判断してよいだろう」と考えるわけです。
ところが、配偶者加給年金額の場合には「生計維持」と称しているにもかかわらず、夫婦の収入を比較する要件が存在しません。
そのため、仮に夫と妻の収入が同程度であったとしても、夫婦が同居しており妻の前年の年収が 850 万円未満であれば「夫は妻の生計を維持している」とされ、その他の条件を満たすことによって配偶者加給年金額が支払われることになります。
健康保険に比べて年金のルールは、制度を利用する人にとって非常に有利な仕組みになっていると言えるかもしれません。
なお、配偶者加給年金額を受け取るには、一般的に次のような条件も同時に満たすことを求められます。
- 扶養する側が「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく老齢厚生年金」をもらえること。
- 上記条件を満たした年金をもらえるようになった時点(特別支給の老齢厚生年金の定額部分の支給開始時点、65 歳の老齢厚生年金の支給開始時点)で、生計を維持する配偶者がいること。
- 扶養される側の配偶者は、65 歳未満であること。
また、妻が夫を扶養する場合も、取り扱いは同じになります。
なお、上記要件に当てはまらない場合であっても、配偶者加給年金額をもらえるケースは存在します。
ただし、本稿でその点にまで説明を広げると話が複雑になり、本題である「配偶者加給年金額の支払いルールの変更」について理解することが難しくなってしまいます。
そのため、配偶者加給年金額が支払われるその他の要件については、説明を割愛することにします。
また、今回の法改正は、障害厚生年金に上乗せされる配偶者の加給年金額も対象となりますが、以降の説明では老齢厚生年金の配偶者加給年金額について、具体例を挙げながら一緒に見ていこうと思います。
ここがポイント!配偶者加給年金額が支払われる要件
夫婦が一緒に暮らしており妻の前年年収が 850 万円未満だと、その他の条件も満たすことで、夫の老齢厚生年金に配偶者加給年金額が上乗せされる。妻が夫を扶養する場合も同じ。
【今の制度をおさらい!】妻が 20 年以上加入の年金をもらっていると、夫は加給をもらえない
2022(令和4)年4月から、配偶者加給年金額に関する法改正が行われるのは、「夫婦ともに厚生年金の加入実績が 20 年以上ある場合」の取り扱いです。
配偶者加給年金額を受け取るには、扶養する側が「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく老齢厚生年金」をもらえることも必要です。
従って、今回の改正は、夫と妻のいずれもが配偶者加給年金額をもらうための加入実績を満たしている場合の制度変更と言えます。
それでは初めに、現在の制度では「夫婦ともに厚生年金の加入実績が 20 年以上ある場合」にどのような取り扱いが行われるかについて、3つの具体例で見てみましょう。
1番目の事例の設定は、次のとおりです。
《事例1》
夫:年齢・・・66歳 現在の仕事・・・無職 収入・・・老齢厚生年金(厚生年金に 20 年以上加入) 妻:年齢・・・63 歳 住まい・・・夫と同居 現在の仕事・・・民間企業に勤務(厚生年金に加入中) 収入・・・給料、特別支給の老齢厚生年金(厚生年金に 20 年以上加入) ※ 在職中だが、年金は全額支払われている。 |
実は、配偶者加給年金額には、このようなケースで適用される次のようなルールがあります。
“妻”が「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく老齢年金」を受け取る場合、“夫”の老齢厚生年金の配偶者加給年金額は支払わない。
配偶者加給年金額は、老齢厚生年金を受け取る人に「扶養する配偶者」がいることによる経済的負担を緩和する目的で支払われる上乗せです。
もしも、この夫婦の家計が「夫の年金」だけで賄われているのであれば、夫の経済的負担を緩和するために、「夫の年金」に配偶者加給年金額を上乗せして支払う意義があると言えます。
ところが、この夫婦の家計は「夫の年金」だけで賄われているわけではなく、「夫の年金」「妻の給料」「妻の年金」の3つの収入で賄われています。
加えて、「妻の年金」は、20 年以上の長期間にわたって厚生年金に加入した実績に基づく年金です。
このような状況であれば、夫の経済的負担を緩和するために、「夫の年金」に加給年金額を付けて支払う必要性は高いとは言えません。
このような考えから、上記のケースでは「夫の年金」の配偶者加給年金額は、支払いが行われないものです。
なお、妻が夫を扶養する場合にも、このルールは適用されます。
従って、
“夫”が「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく老齢年金」を受け取る場合、“妻”の老齢厚生年金の配偶者加給年金額は支払わない。
となります。
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それでは、2番目の事例を見てみましょう。
《事例2》
夫:年齢・・・66歳 現在の仕事・・・無職 収入・・・老齢厚生年金(厚生年金に 20 年以上加入) 妻:年齢・・・63 歳 住まい・・・夫と同居 現在の仕事・・・民間企業に勤務(厚生年金に加入中) 収入・・・給料、特別支給の老齢厚生年金(厚生年金に 20 年以上加入) ※ ただし、在職中のため年金は一部支払われていない。 |
事例2と前述の事例1とは、1カ所だけ設定が異なります。
事例2は、妻が厚生年金に加入して働いていることにより、年金が一部支払われていない状態です。
この場合、夫の年金の配偶者加給年金額の取り扱いは、前述の
“妻”が「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく老齢年金」を受け取る場合、“夫”の老齢厚生年金の配偶者加給年金額は支払わない。
が適用されることになっています。
妻の年金が在職により一部支払われていなかったとしても、夫の年金の配偶者加給年金額は全く支払いが行われません。
それでは、最後の事例を見てみましょう。
《事例3》
夫:年齢・・・66歳 現在の仕事・・・無職 収入・・・老齢厚生年金(厚生年金に 20 年以上加入) 妻:年齢・・・63 歳 住まい・・・夫と同居 現在の仕事・・・民間企業に勤務(厚生年金に加入中) 収入・・・給料、特別支給の老齢厚生年金(厚生年金に 20 年以上加入) ※ ただし、在職中のため年金は全く支払われていない。 |
事例3は前述の事例1・2とは異なり、妻に対する年金の支払いが在職中のために全く行われていません。
この場合の配偶者加給年金額の取り扱いは今までとは異なり、次のとおりです。
“妻”に対する「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく老齢年金」の支払いが行われていない場合(全額が支給停止の場合)には、“夫”の老齢厚生年金の配偶者加給年金額は支払う。
配偶者加給年金額は、老齢厚生年金を受け取る人に「扶養する配偶者」がいることによる経済的負担を緩和する目的で支払われる上乗せです。
そのため、妻が「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく老齢年金」をもらえるのであれば、夫の経済的負担を緩和する必要はないとの考えから、夫の年金の配偶者加給年金額は支払われませんでした。
ところが、妻が在職中であり、自身の「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく老齢年金」を全く受け取り不可能な状態なのであれば、夫の経済的負担を緩和するために加給年金額が付くことになります。
以上のように、夫の年金の配偶者加給年金額が支払われるかどうかは、妻が厚生年金に加入して勤務中の場合には、妻への年金支払いがどのように行われているかにより、変わることになります。
以上をまとめると、次のとおりです。
ここがポイント! 配偶者加給年金額に関する“現在の制度”
妻が「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく老齢年金」を一部でも受け取る場合、夫の老齢厚生年金の配偶者加給年金額は支払われない。ただし、妻の年金が全額支給停止の場合には、夫の配偶者加給年金額は支払われる。妻が夫を扶養する場合も同じ。
今回のニュースまとめ
今回は、『新年度の年金改正を深掘りするシリーズ』の4回目として、「配偶者加給年金額の支払いルールの変更点」について見てきました。
ポイントは次のとおりです。
- 夫婦が同居しており妻の前年年収が 850 万円未満だと、他の条件を満たすことにより、夫の老齢厚生年金に配偶者加給年金額が上乗せされる。妻が夫を扶養する場合も同じ。
- 妻が「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく老齢年金」の権利を持つケースでは、妻の年金が全額支給停止の場合にのみ、夫に配偶者加給年金額が支払われる。妻が夫を扶養する場合も同じ。
今回は4月からの改正の解説の前に、現行制度の仕組みをおさらいするところから始めました。
この仕組みがどのように変わるのか、次回の後編で詳しく見ていきます。
ところで、
今回のコラムで多数、使用した「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく老齢年金」という表現は、実はもっと簡単なフレーズで言い換えることが可能です。
「老齢満了の年金」と言います。
「老齢満了」とは、「厚生年金に 20 年以上加入した実績に基づく年金」を受け取れるようになることを意味する表現です。
年金関係の書籍などには登場しない用語なので、一般にはあまり知られていませんが、年金の実務の現場では「年金が老齢満了になる」「老齢満了の年金を受け取る」などの言い回しで使用することがあります。
覚えておくと、役に立つことがあるかもしれません。
次回の後編は来週になります。
読者のみなさま、老齢満了してお待ち下さい。
出典・参考にした情報源
厚生労働省:
「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令」の公布について(通知)
大須賀信敬
みんなのねんきん上級認定講師