どんなニュース?簡単に言うと
現在、多くの企業が取り入れ始めている在宅ワークには、大きな問題点が内在していることをご存じですか。それは「従業員の老後の年金を減らしかねない」という問題点です。そこで、今回は在宅ワークの年金への影響を考えてみましょう。
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どんなニュース?もう少し詳しく!
過半数の企業がテレワークを導入へ
現在、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、多くの企業がテレワークの導入を積極的に進めています。
東京商工会議所が 2020(令和2)年 11 月4日に発表した「テレワークの実施状況に関するアンケート」の調査結果によると、テレワークの実施率は 53.1%。
従業員数300 人以上の企業では69.2%と、約7割の企業がテレワークを導入しているという結果が出ています(同調査結果)。
テレワークを実施している企業からは、「働き方改革が進んだ」「定型的業務の生産性が上がった」など、企業経営に対するテレワークのプラス効果が多数報告されています(同調査結果)。
「仕事は会社で行うもの」という私たちの常識が、今、大きく変わろうとしているようです。
ココがポイント!テレワークの導入状況
東京商工会議所のアンケートによると、53.1%の企業でテレワークが導入されている。
老齢厚生年金の金額は「平均月収」と「加入月数」で決まる
ビジネス環境の変化に伴って大いに注目を浴びるテレワークですが、その一形態である在宅ワークについては、デメリットがないわけではありません。
そのうちの一つが、在宅ワークの導入により「従業員の将来受け取る年金が、当初の予定よりも減ってしまう可能性がある」という問題です。
厚生年金に加入しながら働く従業員は、原則として 65 歳から老齢厚生年金という年金を受け取ることになります。
老齢厚生年金の金額は、次のような計算式で算出されます。
このように、一見すると老齢厚生年金の計算式は非常に複雑です。
しかしながら、“計算の考え方”はそれほど複雑ではありません。
計算式の中にある「平均標準報酬月額」や「平均標準報酬額」とは、現役時代の平均月収の金額に当たる数値です。
また、「平成 15 年3月以前の被保険者期間の月数」や「平成 15 年4月以降の被保険者期間の月数」とは、厚生年金の加入期間の長さを表しています。
従って、老齢厚生年金の計算式は、“計算の考え方”を理解するためにごく平易に書き直すと、「平均月収×一定割合×加入月数」と表すことができます。
つまり、老齢厚生年金の金額は、「平均月収」「一定割合」「加入月数」の3つの数値で決定されるわけです。
それぞれの数値が大きいほど年金額も多くなり、それぞれの数値が小さいほど年金額も少なくなります。
ただし、3つの数値のうち「一定割合」については、個人の努力で変えられる数値ではありません。
「平均月収」と「加入月数」の2つの数値は、個人の努力で変えることが可能です。
従って、年金を少しでも多く受け取りたいと考える私たちにとっては、老齢厚生年金の金額は「平均月収」と「加入月数」で決まるものと考えることもできるでしょう。
ココがポイント!老齢厚生年金の金額決定の考え方
老齢厚生年金の金額は「平均月収」と「加入月数」で決まるものと考えることができる。
通勤手当の削減が年金減額につながる
老齢厚生年金の金額を大きく左右する「平均月収」と「加入月数」。
このうち「平均月収」は、厚生年金の保険料計算の基になる「標準報酬月額」という数値によって決まります。
例えば、会社から支給される給料額が 35 万円以上 37 万円未満の場合には、標準報酬月額は 22 等級の 36 万円と決定されます。
このように決定された「標準報酬月額」の数値が大きいほど、年金額の計算に使用される「平均月収」も大きな数値となり、たくさんの年金がもらえるわけです。
それでは、在宅ワークは将来の年金額にどのような影響を与えるのでしょうか。
在宅ワークが導入されると、従業員は会社への出勤回数が減少することになります。
場合によっては、ほとんど通勤しなくなるケースもあるかもしれません。
通勤頻度が減少または通勤自体が不要になったのであれば、企業は従業員に対して今までと同額の通勤手当を支給する必要がなくなります。
標準報酬月額は企業から支給される通勤手当も含んで決定することになっているため、通勤手当の減額・不支給によって給料額が低下した場合には、それに伴って標準報酬月額も従前より下がる可能性があります。
前述のとおり、標準報酬月額は老齢厚生年金の金額を大きく左右する「平均月収」の基になる数値です。
そのため、仮に通勤手当の減額・不支給によって標準報酬月額が下がるようなことがあれば、当然、将来の年金額にマイナスの影響を与えることになるわけです。
ココがポイント!在宅ワークが老齢厚生年金の金額に与える影響
在宅ワークによる通勤手当の減額・不支給によって標準報酬月額が下がると、老齢厚生年金の金額が当初の予定よりも少なくなってしまう。
2等級以上下がると4カ月目から低い標準報酬月額に
具体例で考えてみましょう。
現在、通勤手当の平均支給額は事務職の課長クラスの場合、1 カ月当たり約1万7千円とのことです(2019 年(平成 31 年)職種別民間給与実態調査/人事院)。
仮に、通勤手当1万7千円を含む合計 35 万円の給料を受け取っているケースでは、給料額が 35 万円以上 37 万円未満の場合に該当するので、標準報酬月額は 22 等級の 36 万円となります。
ところが、勤務している企業が在宅ワークを導入し、仮に 1 カ月当たり1万7千円の通勤手当の支給がなくなったとすれば、給料額は 33 万3千円(=35 万円-1 万 7 千円)にまで減少することになります。
この場合の標準報酬月額は、給料額が 33 万円以上 35 万円未満を対象とする 21 等級の 34万円とされます。
つまり、通勤手当が支給されなくなったことにより、標準報酬月額の等級が 22 等級から21 等級に下がるわけです。
標準報酬月額の等級は、給料額を厚生年金保険料額表に当てはめれば確認ができます。
このように、企業が在宅ワークを導入した結果として、月々の通勤手当の支給がなくなるなどの事態になった場合には、標準報酬月額の等級が 1~2等級下がるケースが少なからず発生すると思われます。
遠距離通勤などのために平均よりも高額の通勤手当を受け取っている場合には、3等級以上下がることも考えられます。
そのため、通勤手当の減額・不支給が標準報酬月額に与える影響は、必ずしも小さいとはいえません。
ただし、厚生年金の標準報酬月額は給料額が下がった後、直ちに変更されるわけではありません。
例えば、通勤手当が支給されなくなったことにより、標準報酬月額の等級が2等級以上下がる場合には、手当がなくなった月から数え始めて4カ月目の標準報酬月額から変更されることになります。
例えば、8月に受け取る給料から通勤手当が支給されなくなったのであれば、8月から数え始めて4カ月目に当たる 11 月の標準報酬月額から等級が下がることになります。
標準報酬月額の低下が1等級の場合には、一般的には、来年の9月の標準報酬月額から変更されるケースが多くなります。
ココがポイント!標準報酬月額が変更になる時期
通勤手当がなくなったことによって標準報酬月額が2等級以上下がると、手当がなくなった月から数え始めて4カ月目の標準報酬月額から変更となる。
「在宅ワークの年金問題」は大きな経営課題
通勤手当は定期代などに充てられるものであり、従業員が自由に処分できる金銭ではありません。
そのため、通勤手当の減額・不支給が原因で給料額が低下したとしても、一般的には、従業員側に「給料が下がってしまった!」という“マイナスの感情”は生まれにくいものです。
それどころか、標準報酬月額の等級も下がるようであれば、給料から天引きされる厚生年金や健康保険などの保険料も少なくなるため、通勤手当が減額・不支給となる在宅ワークは「メリットのある制度」と考える従業員も少なくないでしょう。
在宅ワークを導入する企業側にとっても、通勤手当の減額・不支給はその点だけを見れば人件費が削減できることになるため、企業経営上「メリットのある制度」と考えがちです。
このように、通勤手当が減額・不支給となる在宅ワークは、企業側及び従業員側の「双方にとってメリットのある制度」と理解される傾向にあります。
しかしながら、現在、年齢 65 歳以上の高齢者世帯では、収入の 63.6%が公的年金で賄われている状態であり(2019 年国民生活基礎調査/厚生労働省)、年金は老後の生活に不可欠な金融資産です。
もちろん、通勤手当の減額・不支給による年金減額の影響は、一般的にはそれほど大きなものではないかもしれません。
しかしながら、老後の年金は「1円でも多くほしい!」と考えるのが人情です。
その年金が在宅ワークによって、当初の予定より多少なりとも減額になる可能性がある事実を知れば、決して「双方にとってメリットのある制度」などと悠長なことは言っていられないかもしれません。
ところが、このような在宅ワークのデメリットに気付いている企業は、ほとんどないのが現状のようです。
テレワークを導入している企業が課題として挙げている代表的な事項は、「社内のコミュニケーション」「PC 等の機器やネットワークの整備」「情報セキュリティ体制」などだからです(「テレワークの実施状況に関するアンケート」調査結果/東京商工会議所)。
「在宅ワークに伴って発生する従業員の年金問題は、大きな経営課題である」との認識を持つことが、重要といえるのではないでしょうか。
ココがポイント!在宅ワークのデメリットに関する企業側の認識
在宅ワークには「従業員の年金問題」が内在しているが、ほとんどの企業はこの事実を経営課題として認識できていないようである。
今回のニュースまとめ
今回は、在宅ワークに内在する「従業員の年金問題」について見てきました。
ポイントは次のとおりです。
- 東京商工会議所のアンケートによると、過半数の企業でテレワークが導入されている。
- 老齢厚生年金の金額は「平均月収」と「加入月数」で決まるものと考えることができる。
- 在宅ワークによる通勤手当の減額・不支給で標準報酬月額が下がると、将来受け取る老齢厚生年金の金額が当初の予定よりも少なくなってしまう。
- 通勤手当がなくなって標準報酬月額が2等級以上下がると、手当がなくなった月から数え始めて4カ月目の標準報酬月額から変更となる。
- ほとんどの企業は、在宅ワークによる「従業員の年金問題」を経営課題として認識できていないようである。
「在宅ワークによる年金問題」を解決するためには、“将来の年金額保障”を目的として、不支給となった通勤手当と同額の金銭を給料に上乗せして従業員に支払うという方法も考えられます。
しかしながら、その場合には通勤手当額が多かった従業員ほど“高額な保障”を受けられる結果となり、従業員間の公平性の点で問題が生じます。
このような問題を回避するため、通勤手当の平均額相当を上乗せして支払うこととした場合には、通勤手当額が多かった従業員にとっては十分な保障とならず、通勤手当額が少なかった従業員は過剰な保障を受けるという、別の問題が発生します。
さらには、「年金が減るくらいなら、在宅ではなく会社に出勤して働きたい!」という従業員が現れるかもしれません。
そのような従業員に対し、そもそも企業側は在宅ワークを“強制”できるものなのか。
在宅ワークに内在する年金問題の解決は、容易ではありません。
今後の各企業の動向に注目をしたいと思います。
出典・参考にした情報源
東京商工会議所ウェブサイト:
「テレワークの実施状況に関するアンケート」調査結果
続きを見る
https://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=1023299
大須賀信敬
みんなのねんきん上級認定講師