どんなニュース?簡単に言うと
「配偶者の扶養の範囲内で働く人」の就業調整の原因となっている「106万円、130万円の壁」。
前回のコラムでは、厚生労働省が発表した『年収の壁・支援強化パッケージ』の1・2番目の施策を解説しました。
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一体、何が始まるの? 岸田内閣が取り組む「130万円の壁の是正」とは ー前編ー|みんなのねんきん
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後編の今回は、残り2つの対応策を見ていきましょう。
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どんなニュース?もう少し詳しく!
【施策3】事業主の証明による被扶養者認定の円滑化
本年(2023年)9月27日、「106万円、130万円の壁」に対応するための『年収の壁・支援強化パッケージ』が厚生労働省から発表されました。
この『年収の壁・支援強化パッケージ』は「年収の壁を意識せずに働ける環境づくりを後押しする」ことを目的としており、当面の対応として本年(2023年)10 月から行われることになった4つの取り組みの概要が説明されています。
それぞれの取り組みは、以下のとおりです。
- 社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外
- キャリアアップ助成金のコースの新設
- 事業主の証明による被扶養者認定の円滑化 ← 今回はここから
- 企業の配偶者手当の見直し促進
前回のコラムでは、1番目と2番目の施策について解説しましたので、今回は3番目の施策から見ていきましょう。
3番目は『事業主の証明による被扶養者認定の円滑化』です。
これは、「年収が一時的に130万円以上になる場合、会社が証明書を提出すると扶養扱いの継続処理が早く行われる」という仕組みです。
また、この対策は前述の2つの取り組みとは異なり、「年収130万円」を就業調整の基準としている人を想定した対策とのことです。
従って、従業員数100人以下の企業など、「短時間労働者が社会保険に加入する制度」の “適用にならない職場” で働いている人が対象の仕組みということになります。
それでは、具体的な内容を見ていきましょう。
パート従業員が配偶者に扶養されている場合に、健康保険の扶養扱いになるためには、原則として本人の年収が130万円未満であることが必要です。
ただし、ここでいう「年収130万円未満」とは、実は「現在の年収が130万円未満である」という意味ではありません。
過去の収入・現在の収入・将来の収入などから算出した「今後1年間の収入の “見込額” が130万円未満であること」が条件とされています。
従って、仮に「現在の年収」が130万円以上であったとしても、「今後1年間の収入の “見込額” 」が130万円未満なのであれば、扶養扱いになることが可能です。
例えば「人手不足のために残業が増え、一時的に給料が増えた」というケースがあるとします。
残業代を多くもらったために、現在の給料を年収に換算すると130万円以上になるとしましょう。
このような場合でも、収入の増加があくまで「一時的」な現象であれば、過去・現在・将来の収入などから算出した「今後1年間の収入の “見込額” 」は130万円未満になることも考えられます。
そのような場合には、扶養扱いは継続できるわけです。
なお、「今後1年間の収入の “見込額” 」で扶養を判断するという考え方は今に始まったわけではなく、以前から採用されている健康保険の扶養認定ルールになります。
ところで、協会けんぽや健保組合などの健康保険の運営団体では、年に1回、扶養の状況の確認作業が行われます。
その際、一時的な収入の増加があったケースに対しては、過去の課税証明書・給与明細書・雇用契約書などを使って「今後1年間の収入の “見込額” 」を総合的に判断し、扶養扱いを継続するかどうかを判断することになっています。
この作業には一定の時間が必要なため、扶養扱いの継続が決定するのも時間が掛かりがちです。
しかしながら、今回『年収の壁・支援強化パッケージ』で策定された取り組みでは、年収が一時的に130万円以上になる場合、課税証明書などの書類に加えて「一時的な収入変動であることを示す会社の証明書」を提出すれば、通常よりも迅速に扶養の継続手続きが行われることになったものです。
ただし、「会社の証明書」を提出することで扶養扱いの継続が通常よりも早く行われるのは、1人の従業員につき2回までとされています。
いいところに気付きましたね。
今回、政府が発表した『年収の壁・支援強化パッケージ』は、「年収の壁を意識せずに働ける環境づくりを後押しするもの」だと説明されています。
前回のコラムで解説した『社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外』『キャリアアップ助成金のコースの新設』であれば、それぞれ「手当を標準報酬月額の算定対象にしない」「助成金が支給される」など、どちらも106万円の壁を越えて社会保険に加入した場合に一定のメリットが享受できる仕組みでした。
そのため、それまで就業調整をしていたパート従業員が、106万円の壁を気にすることなく社会保険に加入することも一定程度、期待できるでしょう。
それでは、3番目の施策である『事業主の証明による被扶養者認定の円滑化』はどうでしょうか。
残念ながら、厚生労働省が発表した『年収の壁・支援強化パッケージ』には、この施策の趣旨や期待される効果などの記載は何もありません。
ところで、「扶養扱いの継続手続きが迅速に行われる」ということは、年収130万円未満での勤務が続けやすくなることを意味します。
従って、この施策には次のようなメッセージが込められているのではないかと思います。
「一時的に収入が増えて年収130万円以上になったとしても扶養扱いは継続でき、その手続きも迅速に行われます。だから、現在の年収が130万円以上になりそうになったからといって、就業調整をしなくても大丈夫です。一時的に年収が130万円を越してしまうことなど気にする必要はありませんから(=年収の壁を意識する必要などありませんから)、どうぞ就業調整をせずにそのまま働き続けてください」
このような考え方で施策を策定したとすれば、この取り組みを「年収の壁を意識せずに働ける環境づくりを後押しするもの」と理解するのは、少し難しいかもしれません。
ただし、扶養扱いの継続手続きが迅速に行われるのは、企業にとってもパート従業員にとっても嬉しい仕組みであることには間違ないでしょう。
ここがポイント! 『事業主の証明による被扶養者認定の円滑化』とは
年収が一時的に130万円以上になるケースでも、事業主の証明書を添付することで健康保険の被扶養者の継続認定が迅速に行えるようになる。
【施策4】企業の配偶者手当の見直し促進
最後は『企業の配偶者手当の見直し促進』です。
これは「就業調整の原因になるような「配偶者手当」を支払う企業に、手当の見直しを促す」という取り組みです。
また、この対策は「106 万円の壁」や「130 万円の壁」に特化した取り組みではないとされています。
それでは、具体的な内容を見ていきましょう。
企業によっては扶養する配偶者がいる従業員に対し、基本給に手当を付けて給料を支給しているケースがあります。
その手当は「配偶者手当」などと呼ばれています。
「配偶者手当」を支払う条件は企業ごとに異なりますが、8割を超える企業で「配偶者の年収が一定額未満であること」などの収入制限を設けているようです(令和4年職種別民間給与実態調査/人事院)。
例えば、会社員の夫にパート勤めをしている妻がいる場合には、妻のパート収入が一定額未満であれば、夫の給料に「配偶者手当」が付くことになります。
そのため、パート勤めをしている妻は、夫の給料の「配偶者手当」がなくならないように就業調整を行うケースが少なくありません。
つまり、夫の勤務先が支給している「配偶者手当」が、妻の就業調整の原因になっているわけです。
このような状況を改善するために行われるのが、「就業調整の原因になるような「配偶者手当」を支払う企業に、手当の見直しを促す」という取り組みです。
ただし、今まで支給していた「配偶者手当」を単に辞めてしまうことは、法律上はできません。
従って、例えば「「配偶者手当」として支払っていた金額を基本給の中に組み入れて支払う形に変更する」などの工夫が必要になります。
このような給料の支払い方法変更の手続きを指南するというのが、「就業調整の原因になるような「配偶者手当」を支払う企業に、手当の見直しを促す」という取り組みのようです。
具体的には、「見直し手順を示した資料を公表する」「配偶者手当が就業調整の一因になっていることを説明するセミナーを開催したり、中小企業関係の団体を通じて周知したりする」などが行われるようです。
企業が「配偶者手当」の支払いを辞めれば、「配偶者手当」を目当てに就業調整をしていたパート勤務者がより長い時間勤務するだろう、との考えから設けられた施策といえます。
ただし、企業が従業員に「配偶者手当」を支払わなければならない法律上の義務は存在しません。
そのため、現在、扶養する配偶者に関する手当を支払っている企業は、全体の5割程度しかありません(令和4年職種別民間給与実態調査/人事院)。
従って、この取り組みは「配偶者手当」を支給していない残り半数程度の企業には関係のない施策といえます。
ここがポイント! 『企業の配偶者手当の見直し促進』とは
企業が支給する「配偶者手当」はパート従業員の就業調整の原因となることが多いため、企業に対して同手当の見直しを促すことになった。
第3号被保険者の問題は「年金問題」ではない
今回、厚生労働省が決定・公表した4つの施策は、「壁を意識せずに働く時間を延ばせる環境づくりを後押しすること」が目的だと説明されています。
しかしながら、「自分で保険料を払わなくても年金をもらえる」という第3号被保険者制度が存在する限り、「年収の壁」に応じて就業調整をする人がいなくなることはないでしょう。
「壁を意識せずに働く時間を延ばせる環境」をつくるには、壁自体をなくすことが最も有効な方法です。
つまり、第3号被保険者制度を根本から見直さない限り、就業調整がなくなることはないと考えられます。
その意味では、「今回の取り組みは十分ではない」などの否定的な評価の声も聞こえてきそうです。
しかしながら、致し方ない面もあると思います。
第3号被保険者制度を根本から見直すには年金に関する法律を改正する必要がありますが、首相の一存で法律自体を変えることなどできないからです。
法律の改正には国会での決議が必要なため、一朝一夕にできるものではありません。
年金の法改正は5年に1度行われるのが通常なので、今回発表された取り組みはあくまで次の法律改正までの “つなぎ” という位置付けといえるでしょう。
このような事情から、『年収の壁・支援強化パッケージ』の最後の部分には「~年収の壁を意識せずに働くことのできる環境づくりを後押しするとともに、さらに、制度の見直しに取り組む」と記載されているのだと思います。
ところで、第3号被保険者制度は1986(昭和61)年度から開始されましたが、実は制度開始前の検討段階から「公平性に問題があること」が指摘されていたという事情があります。
その後、5年ごとに訪れる制度見直しの都度、第3号被保険者の問題は少なからず検討の俎上(そじょう)に挙げられてきました。
しかし、制度改善は見送られ続けて30年以上も経過し、現在に至っています。
これは、第3号被保険者制度の問題が、純粋な「年金問題」でなくなっていることを意味しています。
「政治問題」です。
第3号被保険者制度の問題が純粋な「年金問題」であれば、以前から加入者間の不公平性が指摘されているこの制度はとっくの昔に改正されているはずです。
それにもかかわらず、30年以上にわたって問題が放置され続けてきた大きな原因のひとつは、日本の政治の状況にあるといえます。
前述のとおり、第3号被保険者制度を変えるには、国民年金法や厚生年金保険法などの年金に関する法律を変える必要があります。
法律の改正は国会で決議されるものです。
従って、国会議員が制度改正に本腰を入れない限り、第3号被保険制度が変わることはありません。
ところが、国会議員は自身や所属政党が抱える事情などにより、「本来であれば取るべき行動」を取らないことがあるものです。
「第3号被保険者制度をなくしたら、次の選挙でサラリーマン世帯や支援企業から支持を得られないかもしれない」「選挙が近いので、今、国民を刺激するような法改正を行うと政権を失いかねない」などの事情から、年金制度の問題点に目をつぶることも多いようです。
そのような人材を私たちが選挙で選んだからです。
もしも、世の中のムードが「年金制度の問題点を放置していては、次の選挙で落選させられるかもしれない」という状態にあれば、国会議員の取る行動も変わるでしょう。
その意味では、私たち一人ひとりが年金制度をよく理解するとともに、私たちが選んだ議員の行動にも注目する必要があるといえそうです。
ここがポイント! 第3号被保険者制度の公平性
第3号被保険者制度は、制度創設前の検討段階から公平性の問題が指摘されていた。第3号被保険者制度は政治問題化しているので、制度改革には国会議員の本気の取り組みが必要である。
今回のニュースまとめ
今回は、本年(2023年)9月27日に厚生労働省が発表した『年収の壁・支援強化パッケージ』について、3番目と4番目の施策の内容を見てきました。
ポイントは次のとおりです。
- 年収が一時的に130万円以上になるケースでも、事業主の証明書を添付することで健康保険の被扶養者の継続認定が迅速に行えるようになる。
- 企業が支給する「配偶者手当」はパート従業員の就業調整の原因となることが多いため、企業に対して同手当の見直しが促されることになった。
- 第3号被保険者制度は政治問題化しているため、制度改革には国会議員が本腰を入れる必要がある。
前述のとおり、『年収の壁・支援強化パッケージ』の最後には「~さらに、制度の見直しに取り組む」との一文が記載されています。
しかしながら、もしもここでいう「制度の見直し」が「第3号被保険者制度の見直し」を意味しているのであれば、それは決して簡単なことではありません。
「第3号被保険者制度の見直し」は、30年以上の間、わが国の歴代政権がなし得なかった極めて難しい課題だからです。
果たして、岸田政権がどのような「制度の見直し」を行うのか、皆さんと一緒に注視したいと思います。
出典・参考にした情報源
厚生労働省ホームページ:年収の壁・支援強化パッケージについて
大須賀信敬
みんなのねんきん上級認定講師