2025 年金改正特集1 社会保険の適用拡大
どんなニュース?簡単に言うと
やぁ、みなさん。私のゼミにようこそ。
本年(2025年)6月、5年に1度の年金改正の内容が決定しました。
果たして、日本の年金はこれからどのように変わるのか。
今回からシリーズで年金制度の改正内容を見ていくことにしましょう。
ちょうど猫野さん一家がゼミ室に遊びに来ているので彼らと一緒に未来の年金制度を考えます。
題して、「すかっち先生の年金なるほどゼミナール 2025 年金改正特集」
初回はパートやアルバイトの方の社会保険加入の範囲が広がる点について。
「社会保険適用の拡大」を取り上げます。
スポンサーリンク
どんなニュース?もう少し詳しく!
5年ぶりに行われた法改正
2025(令和7)年6月13日、第217回通常国会で年金制度改正法が成立しました。
年金の法律改正は2020(令和2)年以来、5年ぶりになります。
法律の名前は「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律」。
改正内容は昨年(2024年)の財政検証の結果を踏まえたもので、以下の項目の実施が法定されています。
- 被用者保険の適用拡大
- 在職老齢年金制度の見直し
- 遺族年金の見直し
- 標準報酬月額の上限の段階的引上げ
- 私的年金の見直し
- その他の各種改正
法改正特集の第1回目となる今回は、『被用者保険の適用拡大』を取り上げてみましょう。
ここがポイント!年金制度改正法の成立
2025年6月に年金制度改正法が成立し、『被用者保険の適用拡大』『在職老齢年金制度の見直し』『遺族年金の見直し』『標準報酬月額の上限の段階的引上げ』などが実施されることになった。
さらなる「社会保険の適用拡大」がとうとう現実に
近年、厚生年金や健康保険では、短時間労働者を加入対象にすることを中心とした適用拡大が複数回にわたって行われてきました。
直近では、昨年(2024年)10月に「厚生年金の被保険者数が51人以上の企業」に勤務する短時間労働者に適用対象者が広げられたことは、記憶に新しいところでしょう。
それから1年も経過していない現在、さらに加入対象者を拡大することが法律で定められる結果となりました。
現在、パートで働く人の厚生年金や健康保険は、次の要件をすべて満たしていると加入が義務付けられます。
- 企業規模要件 … 厚生年金の被保険者数が51人以上の企業に勤務すること
- 労働時間要件 … 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 賃金要件 … 所定内賃金が月額8.8万円以上であること
- 雇用期間要件 … 2カ月を超える雇用の見込みがあること
- 学生除外要件 … 学生でないこと
今回の年金制度改正法では、上記のうちの賃金要件を撤廃するなど、次の4項目が実施されることになりました。
① 賃金要件の撤廃
② 企業規模要件の撤廃
③ 個人事業所の適用対象の拡大
④ 加入拡大対象者への支援策の実施
ここがポイント!『被用者保険の適用拡大』の内容
『被用者保険の適用拡大』では、「賃金要件の撤廃」「企業規模要件の撤廃」「個人事業所の適用対象の拡大」「加入拡大対象者への支援策の実施」が行われる。
賃金額にかかわらず加入が求められる【賃金要件の撤廃】
順を追って見ていきましょう。
1番目は「賃金要件の撤廃」です。
現行の短時間労働者の社会保険加入要件では、前述のとおり「所定内賃金が月額8.8万円以上であること」という賃金要件を充足した場合に、その他の要件も満たすと加入が義務付けられます。
ところが、賃金要件の撤廃が決定したため、改正法が施行されると加入に際して賃金額は問われないことになります。

どうやら、そういうことでもなさそうです。
実は、日本の最低賃金はここ20年間、ずっと上がり続けています。
そのため、短時間労働者の加入要件にわざわざ「所定内賃金が月額8.8万円以上であること」という項目を設けなくても、「週の所定労働時間が20時間以上であること」を求める労働時間要件を満たしていれば、自動的に所定内賃金が月額8.8万円以上になる事例が出てきています。
東京都のケースで考えてみましょう。
2024(令和6)年度の東京都の最低賃金は1,163円ですが、この条件で週20時間の勤務を行うと、所定内賃金の月額はおよそ10万円(≒1,163円×20時間×52週÷12カ月)になります。
このような事情から、短時間労働者の社会保険加入では労働時間要件が定められていれば、賃金要件は定める必要がなくなりつつあるといえます。
ただし、週20時間の勤務で賃金が月額8.8万円以上になるには、最低賃金が1,016円以上であることが必要です。
現状でこの条件を満たせるのは、次の12都府県しかありません。
埼玉県(1,078円)、千葉県(1,076円)、東京都(1,163円)、神奈川県(1,162円)、静岡県(1,034円)、愛知県(1,077円)、三重県(1,023円)、滋賀県(1,017円)、京都府(1,058円)、大阪府(1,114円)、兵庫県(1,052円)、広島県(1,020円)
※ カッコ内は2024(令和6)年度の地域別最低賃金
例えば、現在、地域別最低賃金が最も低い秋田県の金額は951円ですが、同県で週20時間働いた場合の賃金月額は約8.2万円(≒951円×20時間×52週÷12カ月)であり8.8万円には届きません。
そのため、賃金要件をすぐに撤廃してしまった場合には、所定内賃金が月額8.8万円未満でも社会保険加入が義務付けられる短時間労働者が出てしまいます。
そこで、賃金要件の撤廃はすぐに開始されるわけではなく、全国の最低賃金が 1,016円以上になることを見極めた上で法律の公布から3年以内に施行されることとされたものです。

近年の地域別最低賃金の推移を見ると、過去3年間は全国平均で毎年度30円以上引上げられている状況にあります。
そのため、3年程度あればすべての都道府県の最低賃金が1,016円以上に達するだろうとの予測から、法律の公布から3年以内に施行されることになったのではないかと思います。
ここがポイント!賃金要件の撤廃
賃金要件は撤廃されるが、全国の最低賃金の動向を見極めた上で行われるため、所定内賃金が月額8.8万円未満でも社会保険加入が義務付けられるということではない。
賃金要件撤廃の真の目的は「106万円の壁」の排除?
パート勤務をする人の中には、働く日数や時間数をいわゆる年収の壁を意識して調整している人が少なくありません。
実は、賃金要件の「月額8.8万円」という金額は、年収の壁のひとつである106万円の根拠数値でもあります。
月額8.8万円で1年間勤務をすると、年間の収入は105.6万円(=8.8万円×12カ月)。
この105.6万円という金額をもとに、「106万円の壁」という表現が使用されるようになりました。
つまり、社会保険加入要件の中の「月額8.8万円」という具体的な金額が、多くの国民の就業調整の原因となっているわけです。
従って、賃金要件の撤廃という法改正は、「国民の就業調整の目安金額を社会保険加入要件から排除することにより、収入額に基づく就業者の減少を回避したい」という政府サイドの思惑が反映された施策といえるでしょう。
「106万円の壁」の存在を消し去ることで、パート勤務者の就業調整を抑制しようというわけです。

厚生労働省の説明資料で賃金要件の撤廃について「いわゆる年収106万円の壁がなくなります」とのキャッチコピーを使用していることからも、この点が見て取れます。
今から2年前の2023(令和5)年3月、当時の岸田首相はこども・子育て政策に関する記者会見で、次のように述べています。
「いわゆる106万円、130万円の壁によって、働く時間を希望どおり延ばすことをためらう方がおられると、結果として世帯の所得が増えません。~(中略)~ 106万円、130万円の壁について、被用者が新たに106万円の壁を超えても、手取りの逆転を生じさせない取組の支援などをまず導入し、さらに、制度の見直しに取り組みます」
※出所:首相官邸ホームページ
その後、手取りの逆転を生じさせない取り組みの支援として「社会保険適用促進手当の導入」などが実施されました。
その時点では、「制度の見直し」としては何が行われるのだろうと思ったのですが、「壁自体の存在をなくす」という今回の法改正がそれに当たるのかもしれません。
ここがポイント!賃金要件の撤廃と「106万円の壁」との関係
賃金要件が撤廃されると「106万円の壁」がなくなるため、パート勤務者の「年収を基準とした就業調整」の抑制効果を狙った政策といえる。
従業員数が少ない企業のパートも加入対象に【企業規模要件の撤廃】
次は「企業規模要件の撤廃」です。
ここでいう「企業規模」とは、厚生年金の被保険者数のことを意味しています。
短時間労働者の企業規模要件はこれまで次のとおり3度にわたって制定・改正が行われ、適用の拡大が繰り返されてきました。
■ 企業規模要件の変遷
- 2016(平成28)年10月1日 …「被保険者数501 人以上の企業」を対象
- 2022(令和4)年10月1日 …「 同 101人以上の企業」に改正
- 2024(令和6)年10月1日 …「 同 51人以上の企業」に改正
さらに被保険者数の少ない企業にまで加入対象を拡大しようというのが、今回の法改正の内容になります。
ただし、いきなり被保険者数50人以下のすべての企業が対象とされるわけではなく、次のとおり段階的に進められることとなりました。
■ 企業規模要件の今後の改正予定
- 2027(令和9)年10月1日 …「被保険者数36人以上の企業」に改正
- 2029(令和11)年10月1日 …「 同 21人以上の企業」に改正
- 2032(令和14)年10月1日 …「 同 11人以上の企業」に改正
- 2035(令和17)年10月1日 …「 同 10人以下の企業」に改正

そうですね。
企業規模要件は改正が繰り返された後に10年後に撤廃され、被保険者数の多寡がパート勤務者の社会保険加入に一切、関係がなくなることになります。
ここがポイント!企業規模要件の撤廃
企業規模要件は今後4回に分けて改正が繰り返され、10年後には撤廃される。その結果、短時間労働者は勤務する企業の被保険者数にかかわらず、その他の要件を満たすと社会保険加入が義務化される。
法定業種以外も加入対象に【個人事業所の適用対象の拡大】

現在、個人経営の職場の場合には、次の2つの要件を満たすと社会保険の加入対象とされます。
① 常時使用する従業員が5人以上いること
②「特定の17業種(法定17業種といいます)」に当てはまること
そのため、従業員数が5人未満だったり、5人以上いるけれども「特定の17業種」に当てはまらなかったりした場合には、原則として厚生年金などの対象とはなりません。
しかしながら、今回の法改正により、上記②の要件がなくなることが決定しました。
そのため、常時使用する従業員が5人以上いるのであれば、どんな業種を営む個人事業であっても社会保険の対象とされることになります。
例えば、飲食店は「特定の17業種」に該当しません。
そのため、個人経営の飲食店の場合には、従業員数が何人であっても社会保険の加入対象とはされません。
ところが、このルールが変更されることが決定したため、改正法の施行時からは常時使用する従業員が5人以上いるのであれば「社会保険の対象になる飲食店」と取り扱われることになります。
この法改正が実施されるのは、2029(令和11)年10月1日からです。
ただし、法施行の時点ですでに存在している事業所は、当面の間、この仕組みの対象外とされることになりました。
従って、実際に対象となるのは、2029(令和11)年10月2日以降に新しく開始された個人事業所に限定されることになるようです。
ここがポイント!個人事業所の適用対象の拡大
常時使用する従業員が5人以上いる個人事業所は、業種にかかわらず社会保険の対象とされる。
会社の負担増を国が補てん【加入拡大対象者への支援策の実施】

そうですね。
モモの言うとおり、新たに社会保険に加入すると保険料負担が発生するため、勤務時間数が変わらなければ給料の手取り額が今までよりも少なくなってしまいます。
「手取りが減るくらいなら、仕事を辞めようかしら」などと考える人も出かねません。
そのような状況に対応する目的で講じられるのが、「加入拡大対象者への支援策の実施」です。
この支援策は、本来は会社と従業員とが半分ずつ負担する社会保険料について、会社が従業員負担分の一部を肩代わりした場合に、会社に生じた追加負担を国などが補てんしてくれるという仕組みです。
具体例で考えてみましょう。
パート勤務者のAさんは、今回の法改正の影響で社会保険に加入することになりました。
Aさんの月収は8.8万円なので、1カ月当たりの保険料負担は厚生年金が8,052円(=8.8万円×18.3%÷2)、健康保険が4,400円(=8.8万円×10.0%〈協会けんぽの全国平均料率〉÷2)となります。
合計で12,452円。
その分、Aさんの給料の手取り額は今までよりも少なくなってしまいます。
このとき、会社側がAさんの社会保険料負担を減らすために、Aさんの社会保険料の半分に当たる6,226円(=12,452円÷2)を会社負担に変更することにしました。
結果的にAさんの給料から差し引かれる保険料は、本来の額の半分の6,226円にまで減少します。
このような対応が行われた場合、会社が通常よりも余計に負担した保険料6,226円は国などから全額を補てんしてもらうことが可能です。
つまり、会社としては追加の社会保険料負担を被ることなく、従業員の負担を軽減できるわけです。
この場合、Aさんが実際に支払う社会保険料額は少なくなりますが、それによってAさんが将来受け取る年金額が減らされてしまうこともありません。
ただし、この支援策を利用するに当たっては、次の点をよく理解しておくことが必要です。
- 対象は標準報酬月額12.6万円以下の短時間労働者のみである。
- 会社が通常よりも多く負担できる保険料の割合は、標準報酬月額の等級に応じてあらかじめ決められている。
- ボーナスにかかる社会保険料は対象にならない。
- 国などからの支援が行われる期間は最大で3年間である。
社会保険料の一部を国が補てんしてくれるというのは、経営者にとっても従業員にとっても嬉しい仕組みでしょう。
ただし、国が生涯面倒を見てくれるわけではなく、4年目からは従業員自身が保険料の全額をキチンと負担しなければなりません。
その意味では、短時間労働者の就業継続に大きな効果がある取り組みといえるのかに、疑問を感じる人もいると思います。
この施策の施行は2026(令和8)年10月1日からです。
なお、この支援策の他にも事業主向けの支援として、「社会保険の加入に当たって従業員の収入を増加させる事業主への支援」「加入拡大に関する事務の支援」「生産性向上等に資する支援」が検討されるようです。
社会保険の適用拡大で実施される4つの取り組みを整理すると、次のとおりです。
ここがポイント!加入拡大対象者への支援策の実施
今回の法改正で社会保険に加入した一定の短時間労働者について会社が従業員負担の保険料の一部をかわりに負担すると、会社に生じた追加負担費用は国などから支援される。
見込まれる200万人の加入者増
今回の年金法改正で賃金要件が撤廃されると、新たに110万人が短時間労働者として社会保険に加入することになると推計されています。
また、企業規模要件の撤廃により70万人の加入者増が、個人事業所の適用対象拡大により20万人の加入者増がそれぞれ見込まれています。
従って、社会保険のさらなる適用拡大が実施されることにより、合計200万人の新しい加入者が生まれることになるわけです。
この200万人について厚生年金などへの加入前の状況を見ると、国民年金の第1号被保険者だった人が70万人、第3号被保険者だった人が90万人、年金制度の加入対象外とされていた人が40万人となります。
第1号被保険者だった人の場合、厚生年金などへの加入前は国民年金や国民健康保険の保険料を全額自己負担しています。
ところが、厚生年金・健康保険に加入することにより保険料負担が所属企業との折半負担に変わり、自己負担額が下がることになります。
厚生年金の老後の年金ももらえるようになったり、健康保険の傷病手当金や出産手当金も支払い対象になったりと、適用拡大によって受けられる経済的なメリットは必ずしも小さくありません。
一方、第3号被保険者や年金制度の加入対象外だった人の場合には、これまで支払う必要がなかった年金保険料などを負担しなければならなくなってしまいます。
この点をデメリットと考える人は、非常に多いはずです。
いずれにしても、社会保険のさらなる適用拡大は中小企業や小規模企業で働くパート勤務者にとっても、経営者にとっても影響が非常に大きい制度改正といえるでしょう。
ここがポイント!社会保険の適用拡大による加入者増
社会保険のさらなる適用拡大で、200万人が厚生年金などに新規加入する。第1号被保険者だった人がメリットを享受できる一方で、第3号被保険者だった人などはデメリットも被る。
今回のニュースまとめ
今回は2025(令和7)年6月に成立した年金制度改正法の中から、社会保険のさらなる適用拡大の内容について見てきました。
ポイントは次のとおりです。
- 2025年6月の年金制度改正法成立により、『被用者保険の適用拡大』『在職老齢年金制度の見直し』『遺族年金の見直し』『標準報酬月額の上限の段階的引上げ』などが実施される。
- 『被用者保険の適用拡大』では、「賃金要件の撤廃」「企業規模要件の撤廃」「個人事業所の適用対象の拡大」「加入拡大対象者への支援策の実施」が行われる。
- 賃金要件の撤廃は、全国の最低賃金の動向を見極めた上で行われる。
- 賃金要件の撤廃は「106万円の壁」をなくし、パート勤務者の就業調整の抑制効果を狙った政策である。
- 企業規模要件は今後4回に分けて改正が繰り返され、10年後には撤廃される。
- 常時使用する従業員が5人以上の個人事業所は、業種にかかわらず社会保険の対象となる。
- 一定の短時間労働者の保険料を一部、会社がかわりに負担すると、会社が被る追加負担は国などが支援する。
- 社会保険のさらなる適用拡大で、200万人が厚生年金などに新規加入する。
法改正特集の2回目となる次回は、『在職老齢年金制度の見直し』について解説します。
どうぞ、お楽しみに。
出典・参考にした情報源
-
-
年金制度改正法が成立しました|厚生労働省
www.mhlw.go.jp
大須賀信敬
みんなのねんきん上級認定講師