どんなニュース?簡単に言うと
2023(令和5)年度の年金額は、“2種類の増額率”を使い分けて改定することが厚生労働省から発表されました。
そのため、新年度は「年金の増え具合が受給者によって異なる」という前代未聞の事態が発生します。
一体、どういうことなのか。今回はこの点を探りましょう。
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どんなニュース?もう少し詳しく!
新年度の年金増額率は「2.2%」と「1.9%」の2種類
さあ、大変なことになりました。
2023(令和5)年度の年金額は人によって増額率が異なることを、厚生労働省が発表したからです。
この発表は、2023(令和5)年1月 20 日に『令和5年度の年金額改定についてお知らせします』というタイトルのプレスリリース(報道機関向けの情報提供資料)によって行われています。
国民年金や厚生年金の金額は 2021(令和3)年度が前年度よりも 0.1%の減額、2022(令和4)年度が同様に 0.4%の減額で、最近は金額の引き下げが続いています。
そのため、2023(令和5)年度が増額されるというのは、久しぶりの嬉しいニュースといえるでしょう。
ただし、新年度の年金額が増える割合は、「2.2%」の人と「1.9%」の人の2種類がいるのだそうです。
厚生労働省が発表した資料には、次のように記載されています。
公的年金は一旦決められた金額を生涯受け取り続けるわけではなく、年度が替わると年金額も調整されることになっています。
社会経済情勢の変化に合わせて年金額も見直すことにより、「長期間にわたって“同等の価値”の年金を受け取れるようにする」との考えがあるからです。
具体的には、世の中の物価や給料の変わり具合を年金額に反映し、年金の“お金としての価値”を維持することになります。
物価の動向は、総務省が発表する全国消費者物価指数に基づく物価変動率で判断します。
この数値によって年金額を変更することは、「物価スライド」と呼ばれます。
一方、給料の動向は、厚生年金の標準報酬の平均額に基づく名目手取り賃金変動率で確認されます。
この変動率で年金額を変更することは、「賃金スライド」といわれています。
これまで、新年度の年金額はいずれか一方の方法で決められており、近年は「賃金スライド」による年金額の改定が続いています。
ところが、2023(令和5)年度は適用される改定方法が、受給者によって異なることになりました。
つまり、ある人は「物価スライド」で年金額が変更され、またある人は「賃金スライド」で年金額が変更されることになるわけです。
「物価スライド」と「賃金スライド」とでは割合が異なるので、どちらの対象になるかで年金の増額率も変わってしまいます。
現在まで、同一年度に2つの異なる割合で年金額が変更されたことはありませんので、まさに前代未聞の年金額改定といえるでしょう。
ここがポイント! 2種類ある 2023 年度の年金増額率
2023 年度の年金額は「物価スライド」で決まる受給者と「賃金スライド」で決まる受給者とに分かれるため、年金の増額率も「2.2%」と「1.9%」の2種類になる。
同時に異なる方法で改定するのは“本来の姿”
実は、「同一年度に2種類の異なる方法で年金額を改定する」というのは、約 20 年前の2004(平成 16)年に行われた年金改正で定められたルールになります。
この法改正では年金額の改定について、次のような考え方が採用されています。
『現役世代に近い受給者』は現役世代の暮らしぶりの変化と連動できるよう、年金額の改定に「給料の動向」を反映させる。一方、『現役世代から少し離れた受給者』は年金で購入できる物品に大きな変化が生じないよう、年金額の改定に「物価の動向」を反映させる。
上記のような考えから、年金額の改定に際して『現役世代に近い受給者』は「賃金スライド」を使用することが、『現役世代から少し離れた受給者』は「物価スライド」を使用することが原則とされました。
つまり、同時に2種類の異なる方法で年金額を改定することが、基本的なルールと位置付けられたわけです。
なお、ここでいう『現役世代に近い受給者』とは、「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」を指しています。
一方、『現役世代から少し離れた受給者』とは、「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」が該当します。
以上を踏まえ、現在は次のような仕組みで年金額の改定を行うこととされています。
- 「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」… 必ず「賃金スライド」で改定する。
- 「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」… 原則「物価スライド」で改定する。ただし、賃金が物価ほど上昇しなかった場合は、例外的に「賃金スライド」で改定する。
これまでは、上記に赤字で示している「賃金が物価ほど上昇しなかった場合」が頻繁に発生しています。
そのため、「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」も、「賃金スライド」で年金額が改定され続けてきました。
「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」は必ず「賃金スライド」で年金額を改定するので、結果的に両者とも同じ改定方法が適用され続けてきたものです。
2023(令和5)年度の年金額改定に当たっては、物価の動向を示す物価変動率は 2.5%、給料の動向を示す名目手取り賃金変動率はそれよりも大きい 2.8%と確認されました。
「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」は、2023(令和5)年度の年金額もこれまでと同様に「賃金スライド」で決定されます。
一方、物価の増加率 2.5%に対して給料の増加率は 2.8%のため、今回はこれまでのように「賃金が物価ほど上昇しなかった場合」に該当しません。
そのため、「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」については、原則どおり「物価スライド」で新年度の年金額を決定することとなります。
その結果、2004(平成 16)年にルールを定めて以来、初めて「同一年度に2種類の異なる方法で年金額を改定する」ことになったものです。
なお、上記のような改定の仕組みについて、厚生労働省の資料では次のような図で説明されています。
また、厚生労働省の資料では「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」を「新規裁定者」、「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」を「既裁定者」と表現しています。
ここがポイント! 年金額改定の方法は原則どおり
『現役世代に近い受給者』は「賃金スライド」で、『現役世代から少し離れた受給者』は「物価スライド」で年金額を改定するのが原則であり、2023 年度は原則どおりの改定が行われる。
「現役世代の人口の減り具合」などを年金額に反映
2023(令和5)年度の年金額は法律が予定する原則どおり、『現役世代に近い受給者』である「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」(厚生労働省の資料では「新規裁定者」)は「賃金スライド」で決定されます。
対象となるのは、昭和 31 年4月2日以後生まれの人です。
一方、『現役世代から少し離れた受給者』である「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」(厚生労働省の資料では「既裁定者」)は、「物価スライド」で決まることになりま
す。
こちらの対象者は、昭和 31 年4月1日以前生まれの人です。
ただし、物価の増加率である 2.5%や給料の増加率である 2.8%が、そのまま年金の増額率に使用されるわけではありません。
年金額を改定する際は、「現役世代の人口の減り具合」や「平均余命の伸び具合」に応じて年金の増額に一定の歯止めをかける決まりになっているからです。
このルールをマクロ経済スライドといいます。
そのため、物価や給料の増加率から「現役世代の人口の減り具合」などによる調整分を差し引いた割合が、新年度の年金増額率となります。
「現役世代の人口の減り具合」などによって年金を調整する割合をスライド調整率といい、2023(令和5)年度のスライド調整率はマイナス 0.3%と算出されました。
なお、2022(令和4)年度までに調整しきれていなかったスライド調整率が、マイナス0.3%残っています。
そのため、今回の改定では両者を足したマイナス 0.6%が、「現役世代の人口の減り具合」などを考慮した分として物価や給料の増加率を調整することとなります。
具体的には、物価や給料の増加率から 0.6%を差し引くことで、年金の増額率が決定されます。
その結果、「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」は、給料の増加率 2.8%から0.6%を差し引いた「2.2%」が新年度の年金増額率とされます。
一方、「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」の場合には、物価の増加率 2.5%から0.6%を差し引いた「1.9%」が新年度の年金増額率となるものです。
つまり、年金は増額になるものの、『現役世代に近い受給者』のほうが『現役世代から少し離れた受給者』よりも 0.3 ポイント増額率が高いことになるわけです。
なお、物価の増加率(物価変動率)・給料の増加率(名目手取り賃金変動率)・スライド調整率は、今回の年金額改定では次のような数値が使用されています。
- 物価変動率(2.5%)…全国消費者物価指数の 2022 年の平均数値
- 名目手取り賃金変動率(2.8%)…実質賃金変動率(2019 年度から 2021 年度の平均値)+物価変動率(2022 年の値)+可処分所得割合変化率(2020 年度の値)
- 2023 年度のスライド調整率(マイナス 0.3%)…公的年金被保険者総数の変動率(2019年度から 2021 年度の平均)+平均余命の伸び率(定率)
- 調整しきれていなかったスライド調整率(マイナス 0.3%)…2021 年度の繰り越し分+2022 年度の繰り越し分
ここがポイント! マクロ経済スライドで年金の伸びが抑制
マクロ経済スライドにより、物価や給料の増加率から 0.6%を差し引いた「2.2%」と「1.9%」が新年度の年金増額率になる。
老齢基礎年金の満額は「795,000 円」と「792,600 円」の2通り
ここからは、2023(令和5)年度の具体的な年金額を見ていきましょう。
初めに国民年金です。
厚生労働省の資料を見ると、「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」の老齢基礎年金の満額は、表の中に記載されています。
一方「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」の満額は、表の下の※1に記載されているようです。
前者は月に 66,250 円、後者が月に 66,050 円です。
「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」のほうが 1 カ月当たり 200 円、1年間で2,400 円ほど多くもらえる計算になります。
また、現在(2022 年度)の満額が 1 カ月当たり 64,816 円ですので、「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」は月に 1,434 円の増額、「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」は月に 1,234 円の増額といえます。
それでは、なぜ老齢基礎年金の満額がこのような金額になるのかを説明しましょう。
老齢基礎年金は、40 年間加入して保険料を漏れなく納めると満額を受け取ることが可能であり、その額は「780,900 円×改定率」という計算式で算出されます。
老齢基礎年金の場合には、この「改定率」の数字を変更することで年金額の改定を行います。
新年度の改定率は、「前年度の改定率×新年度の年金増額率」で計算され、「前年度の改定率」は昨年の同時期に 0.996 と算出済みです。
それでは、「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」のケースから、実際に老齢基礎年金の満額を計算してみましょう。
初めに、「新年度の改定率」を求めます。
この計算に使用する「新年度の年金増額率」は、前述のとおり賃金の増加率を基準とした「2.2%」です。
【「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」の老齢基礎年金】
新年度の改定率
=前年度の改定率×新年度の年金増額率
=0.996×1.022(増額率 2.2%)
=1.017912
≒1.018
「新年度の改定率」は、1.018 であることが分かりました。
次は、この改定率を使って満額を計算します。
【「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」の老齢基礎年金】
2023 年度の老齢基礎年金の満額
=780,900 円×新年度の改定率
=780,900 円×1.018
=794,956.2
≒795,000
計算の結果、「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」の 2023(令和5)年度の老齢基礎年金の満額は 795,000 円となりました。
月額では 66,250 円(=795,000 円÷12 カ月)です。
厚生労働省の資料の数値と一致していることが分かると思います。
次に、「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」の老齢基礎年金の満額を計算してみましょう。
同様の段取りで、初めに「新年度の改定率」を求めます。
この計算に使用する「新年度の年金増額率」は先ほどとは異なり、物価の増加率を基準とした「1.9%」です。
【「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」の老齢基礎年金】
新年度の改定率
=前年度の改定率×新年度の年金増額率
=0.996×1.019(増額率 1.9%)
=1.014924
≒1.015
「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」の場合には、「新年度の改定率」は 1.015 であることが分かりました。
次は、この改定率を使って満額を計算します。
【「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」の老齢基礎年金】
2023 年度の老齢基礎年金の満額
=780,900 円×新年度の改定率
=780,900 円×1.015
=792,613.5
≒792,600
計算の結果、「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」の 2023(令和5)年度の老齢基礎年金の満額は 792,600 円であることが分かりました。
月額では 66,050 円(=792,600 円÷12 カ月)です。
こちらの数値も、厚生労働省の資料と一致していることが確認できると思います。
なお、近年の老齢基礎年金の満額の推移は、次のとおりです。
次は厚生年金です。
厚生労働省の資料を見ると、厚生年金については「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」の年金額だけが記載されているようです。
その数値を見ると、平均的な収入で厚生年金に 40 年間加入した場合には、2023(令和5)年度の年金額は夫婦2人分の老齢基礎年金と合わせて月額 224,482 円であることが分かります。
2022(令和4)年度の額は 219,593 円なので、月に 4,889 円多くなる計算です
老齢厚生年金は、「勤めていたときの標準報酬の額」に応じて年金額が決まります。
ただし、お金の価値は時代とともに変わるので、「勤めていたときの標準報酬の額」を現時点の額に換算してから年金額の計算に使う決まりになっています。
現在の額に換算するために使用する数値を「再評価率」と呼び、年金を受け取る人の「生まれ年」と「厚生年金に加入していた年」により、さまざまな率が設定されています。
老齢厚生年金の金額を決定する際には、厚生年金に加入していた全ての月について「当時の標準報酬×再評価率」という計算を行うのですが、老齢厚生年金の年金額の改定はこの「再評価率」の数値を変更することで行われます。
つまり、老齢基礎年金のように年金額を直接変えるのではなく、年金額の算出に使う数値を変えることにより、結果的に年金額が改定されるものです。
今回の改定では、「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」は従前の「再評価率」を2.2%増やし、「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」は同様に 1.9%増やして、老齢厚生年金の額が計算されることになります。
その結果、算出される新年度の年金額は、これまでよりも多くなるわけです。
ここがポイント! 老齢基礎年金の満額は2通りに
2023 年度の老齢基礎年金の満額は2種類あり、「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」のほうが年に 2,400 円多い。
2023 年度は年金の「目減り」と「不公平」で始まる?
今回の改定は、昨年度と異なり増額の改定であるため、年金受給者にとっては嬉しい金額変更といえます。
ただし、マクロ経済スライドによって物価や給料の伸びよりも年金額の伸びが 0.6%抑えられているのですから、厳密に言えば 2023(令和5)年度の年金額は前年度よりも目減りをしている状態です。
また、「新年度に迎える年齢が“68 歳以上”の人」については、「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」よりも増額割合が 0.3%分少ないことになります。
これは「“68 歳以上”の人」は、現役世代の給料の伸びほどには年金額が増えないことを意味しています。
「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」が現役世代の給料の伸びに合わせて年金額が増えていることと比較すれば、不公平感を拭えない措置といえるかもしれません。
「同じ年金受給者なのに、増額割合が違うのは不公平だ!」など、公平性を欠くという観点から今回の改定を問題視する受給者もいるでしょう。
2023(令和5)年度の年金額は、一見すると嬉しい増額改定です。
しかしながら、内実は「年金の実質的な価値低下」と「受給者の間での不公平感」という
マイナス面を持ち合わせた改定といえるのではないでしょうか。
ここがポイント! 今回の改定で年金の実質的価値は低下
2023 年度は年金額が増額される。ただし、年金の実質的な価値は低下し、受給者の間では不公平感も生じ得る改定である。
今回のニュースまとめ
今回は、厚生労働省から発表された「2023(令和5)年度の年金額」について見てきました。
ポイントは次のとおりです。
- 2023 年度の年金額は、「2.2%」と「1.9%」の2種類の増額率で決定される。
- 『現役世代に近い受給者』は「賃金スライド」、『現役世代から少し離れた受給者』は「物価スライド」という、原則どおりの改定が行われる。
- マクロ経済スライドにより、物価や給料の増加率から 0.6%を差し引いた率が年金増額率になる。
- 老齢基礎年金の満額は2種類あり、「新年度に迎える年齢が“67 歳以下”の人」のほうが多い。
- 2023 年度は年金の実質的な価値が低下し、受給者の間では不公平感も生じかねない。
年金受給者にとっては、「年金が減ること」や「年金が他人よりも少ないこと」は、決して許容できない問題です。
仮にその額がごくわずかであったとしても、また適法な措置だとしても、納得できるものではないでしょう。
今回の改定では、表面的には「年金が減る」という現象は起こりません。
しかしながら、異なる2つの増額率が使用されることにより、「年金が他人よりも増えない」という事態に直面する受給者が数多く発生します。
そのため、年金事務所や日本年金機構のコールセンターなどは、年金受給者からの批判・クレームにさらされることもあるでしょう。
年金制度の運営団体で勤務する皆さんにとっては、つらい新年度になるかもしれません。
出典・参考にした情報源
-
厚生労働省プレスリリース:令和5年度の年金額改定についてお知らせします
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大須賀信敬
みんなのねんきん上級認定講師