どんなニュース?簡単に言うと
国から支払われる年金は、「本来の金額よりも多く支払われる」という間違いが起こることがあります。このように、年金が支払われ過ぎる行為を「過払い」と呼びます。今回は、年金の「過払い」が起こる仕組みについて、代表的な事例で考えてみましょう。
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どんなニュース?もう少し詳しく!
事例1 妻が年金の受け取り手続きを遅らせたら、夫の老齢年金に「過払い」が発生
厚生年金に加入しながらサラリーマン生活を送ってきた男性の場合、老後には老齢基礎年金と老齢厚生年金を受け取ることが一般的です。
このうち老齢厚生年金は、厚生年金の加入実績に応じて金額が決定されます。
加えて、厚生年金に 20 年以上加入した実績があり、一定の扶養家族がいる場合には、加入実績に応じた年金額に「扶養家族分の上乗せ額」が付くこともあります。
例えば、厚生年金に 20 年以上加入した夫に扶養する妻がいると、加入実績に応じた年金額に配偶者加給年金額という上乗せが行われることもあります。
ただし、夫の老齢厚生年金に付く配偶者加給年金額は、妻自身が 20 年以上の厚生年金の加入実績に基づいて老齢厚生年金をもらっている場合などでは、支払われないことになっています。
配偶者加給年金額は、配偶者を扶養することによる経済的負担を軽減する目的で上乗せされる金額です。
そのため、妻自身に「一定の年金収入」があるのであれば、その分、夫の経済的負担は軽くなるので、上乗せの必要はないだろうとされるものです。
それでは、ココからは具体例で考えてみましょう。
夫婦ともに厚生年金に 20 年以上の加入実績があり、年齢は夫が 65 歳、妻が 62 歳だとします。
妻は、ちょうど年金をもらい始める年齢になったところです。
しかしながら、「まだ、年金はもらわなくてもいいや」と考えた妻は、年金の受け取り手続きをしていません。
これに対し、夫は年金の受け取り手続きを済ませているので、20 年以上の厚生年金加入実績に基づき、老齢厚生年金をもらっています。
加えて、年金をもらっていない妻を夫が扶養している状態のため、夫の老齢厚生年金には配偶者加給年金額も上乗せされています。
図で見ると、次のようなイメージです。
2年後、夫は 67 歳に、妻は 64 歳になりました。
「そろそろ年金でももらおうかしら」と考えた妻は、年金の受け取り手続きを行いました。
実は、老齢厚生年金は受け取り手続きが遅れたとしても、過去5年分の年金はもらえることになっています。
そのため、年金の受け取り手続きが2年遅れた妻に対しても、年金をもらえる年齢(62歳)になって以降の「過去2年分」の年金が、20 年以上の厚生年金加入実績に基づき、全額支払われることになります。
妻は「過去2年分」の年金が口座に入金され、大喜びです!!
ところが、前述のとおり夫の老齢厚生年金に付く配偶者加給年金額は、妻自身が 20 年以上の厚生年金の加入実績に基づいて老齢厚生年金をもらっている場合などでは、支払われないことになっています。
そのため、妻が遅れて年金の受け取り手続きを行い、20 年以上の厚生年金加入実績に基づいた「過去2年分」の年金を受け取ったことにより、夫にすでに支払われた「過去2年間」の配偶者加給年金額は、「本来はもらえないはずの年金」ということになってしまいます。
従って、夫に「過去2年間」に支払われた配偶者加給年金額が、全て「過払い」となるものです。
現在、配偶者加給年金額は、最大で年額約 39 万円です。
従って、上記のようなケースでは2年分の配偶者加給年金額として、80 万円近くの「過払い」が発生することもあるものです。
「今はまだ年金はいらない」などと考え、年金の受け取り手続きを遅らせる方は少なくありません。
しかしながら、手続きを遅らせた場合には、後日、遡って過去の年金が支払われた結果として、「過払い」などのトラブルに巻き込まれることがあり、注意が必要です。
ココがポイント!妻が年金手続きを遅らせたことによる「夫の年金の過払い」
20 年以上厚生年金に加入した妻が老齢厚生年金の受け取り手続きを遅らせると、夫に支払われた配偶者加給年金額が「過払い」になることがある。
事例2 “離婚”をしたために、配偶者加給年金額が「過払い」に!
老齢厚生年金に上乗せされる加給年金額は、年金の受給者が一定の扶養家族を持つことによる経済的負担を軽減する目的で、特別に上乗せされる金額です。
そのため、加給年金額は一生涯もらい続けられるわけではなく、扶養家族が“加給の条件”から外れた場合には、受け取ることができなくなります。
加給年金額を受け取れなくなった後は、厚生年金の加入実績に応じた年金のみを受け取ることになるものです。
しかしながら、老齢厚生年金の加給の対象となっていた扶養家族が対象から外れたかどうかについては、年金を支払っている日本年金機構が必ずしも自動的に把握できるわけではありません。
年金の受給者から「家族が加給の対象から外れました」と申告をしてもらい、初めて把握できるケースも存在しています。
そのため、もしも年金受給者が、扶養家族が加給の対象ではなくなったのにもかかわらず、その事実を日本年金機構に届け出なければ、“加給の付いた老齢厚生年金”を受け取り続けることとなり、「過払い」が発生することになります。
典型的なケースは、老齢厚生年金の受給者が離婚をした場合です。
配偶者加給年金額の付いた老齢厚生年金をもらっている夫が妻と離婚をすると、夫には「加給の対象となる配偶者」が存在しなくなります。
そのため、この夫は離婚後、配偶者加給年金額を受け取る権利を失うことになります。
しかしながら、日本年金機構は“夫婦の婚姻に関わる情報”を自由に入手できるわけではありません。
従って、受給者である夫本人が離婚をした事実を申し出ないと、日本年金機構側では離婚の事実が把握できないことになります。
そこで、このようなケースでは、『加算額・加給年金額対象者不該当届』という書類に離婚した事実を記載し、提出することが定められています。
『加算額・加給年金額対象者不該当届』
とは、次のような書類です。
受給者からこの書類の提出が行われないと、離婚後も配偶者加給年金額の付いた老齢厚生年金が支払い続けられ、「過払い」が発生することになります。
ただし、仮に離婚時に『加算額・加給年金額対象者不該当届』を出し忘れたとしても、加給の対象となる家族がいるかどうかを確認する“別の仕組み”も用意されています。
実は、加給の付いた老齢厚生年金を受け取っている人には、年に1回、誕生月に『生計維持確認届』という書類が届くことになっています。
この届に「現在も家族を扶養していること」を記載して返送すると、その後1年間、加給の付いた老齢厚生年金が支払われ続けるという仕組みです。
このように、加給年金額の「過払い」が発生しないよう、年に1回のチェック作業も行われているものです。
しかしながら、この手続きはあくまで“自己申告”に基づいて進められるため、離婚した年金受給者が、故意または過失により「現在も配偶者を扶養している」と記載して届けた場合には、配偶者加給年金額は付き続けてしまいます。
その場合には、離婚後の老齢厚生年金受給者に対し、最大で年間約 39 万円の「過払い」が発生することになります。
ココがポイント! 離婚を届け出ないことによる「加給年金額の過払い」
配偶者加給年金額の付いた老齢厚生年金をもらっている受給者は、離婚した場合には届け出ないと、加給年金額が「過払い」になる。
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事例3 “再婚”時に発生しやすい遺族年金の「過払い」
一家の大黒柱が死亡した場合、残された家族に遺族年金が支払われることがあります。
典型的なケースは、夫を失った妻に遺族基礎年金や遺族厚生年金が支払われるというものです。
これにより、経済的負担の軽減が図られることになります。
ところで、妻が受け取る遺族年金は必ずしも一生涯もらい続けられるわけではなく、妻が遺族年金をもらえる条件から外れることもあります。
典型例は妻が再婚をした場合です。
再婚により、妻が新しい夫の経済的支援を受けられるのであれば、国が遺族年金を使って経済的援助を行う理由がありません。
そのため、再婚をした妻は遺族年金を受け取ることができなくなるものです。
しかしながら、前述のとおり日本年金機構は“夫婦の婚姻に関わる情報”を自由に入手できるわけではないので、遺族年金の受給者本人が申し出ないと、日本年金機構側では再婚の事実を把握できません。
そのため、このようなケースでは『遺族年金失権届』という書類に再婚した事実を記載し、提出することが定められています。
『遺族年金失権届』とは、次のような書類です。
遺族年金の受給者からこの書類の提出が行われないと、再婚後も遺族年金が支払い続けられ、「過払い」が発生することになります。
また、ここでいう再婚には、入籍はしていないけれども、事実上夫婦関係と同様の状態にある「事実婚」や「内縁関係」の場合も含まれます。
昨今、皇室に関わる話題の中で「事実婚と遺族年金の不正受給」が取り沙汰されることもあるようですが、遺族年金をもらっている妻が「事実婚」や「内縁関係」の状態になったのであれば、遺族年金を受け取り続けることはできなくなるものです。
年金実務の現場では、「入籍しなければ(事実婚であれば)、遺族年金をもらい続けられますか」という質問をいただくことがあります。
しかしながら、日本の年金制度には、「前の夫の遺族年金をもらいながら、新しい夫の扶養にもなれる」などという“都合のよい仕組み”は存在しません。
このことは、「事実婚」「内縁関係」であっても変わりがありません。
ところで、遺族年金の過払いは、これまで紹介をした配偶者加給年金額の過払いよりも注意しなければならないポイントがあります。
「過払い額が非常に高額になりやすい」という点です。
配偶者加給年金額の過払いは、最大で年間 39 万円程度ですが、遺族年金の場合には過払いの年額が 100 万円を超えることも少なくありません。
ココがポイント! 再婚を届け出ないことによる「遺族年金の過払い」
遺族年金の受給者が再婚をした場合には、届け出ないと遺族年金が「過払い」になる。「事実婚」「内縁関係」の場合も遺族年金はもらえなくなるので、届出が必要になる。
受給者に過失がなくても「過払い」は発生する
ここまで紹介した代表的な3つの過払い事例は、いずれも年金の受給者側が、必要な手続きをしかるべき時期に行わなかったことに起因して発生しています。
ところが、年金の過払いは、必ずしも受給者側の手続き遅れや手続き誤りだけが原因で発生するわけではありません。
年金を支払う側である日本年金機構が事務処理を誤り、その結果、過払いが発生するというケースも存在します。
日本年金機構は行政機関ではなく、民間組織です。
しかしながら、厚生労働大臣から「年金行政」を担うことを任命された、極めて公共性・公益性の高い団体であり、実質的には行政機関と変わらない位置付けといえるでしょう。
「そのような公的な団体が、事務ミスなんて犯すのだろうか?」と、疑問に思う方もいるかもしれませんね。
実は、日本年金機構が 2020(令和2)年9月 10 日に発表した『事務処理誤り等(平成 31年4月分~令和2年3月分)の年次公表について』という資料によると、2019(平成31)年4月から 2020(令和2)年3月の1年間で、日本年金機構が引き起こした事務処理誤りは 1,742 件あるそうです。
つまり、年金行政の現場では、日々4~5件の事務処理ミスが恒常的に発生しているような状態にあるといえるわけです。
また、年金の支払額に影響を及ぼす誤りは、ミス全体の約半数に当たる 832 件。
さらに、事務処理誤りの結果として年金の「過払い」が発生したケースは 219 件に上り、過払いの総額は何と“約1億5千万円”にも達しています。
2019(平成 31・令和元)年度の 1 年間で、実に1億5千万円もの資金を、間違って年金として支払ってしまったということです。
加えて、事務処理誤りの結果として年金に「支払い不足」が生じたケースもあり、その総額は何と“約6億1千万円”!!
実に過払い総額の4倍近い金額が、年金として支払うべきなのにもかかわらず支払われなかったということです。
皆さんはこれらの数字を見て、どのような感想を持つでしょうか。
2019(平成 31・令和元)年度に発生した日本年金機構の事務処理誤りについて、顧客への金銭的な影響の種類別に整理をすると、次のとおりです。
ココがポイント! 日本年金機構のミスによる「過払い」
日本年金機構の事務処理ミスによる年金の「過払い」は、2019 年度には 219 件発生しており、過払い総額は約1億5千万円に上る。
今回のニュースまとめ
今回は、年金が「過払い」になる代表的な事例を見てきました。
ポイントは次のとおりです。
- 20 年以上厚生年金に加入した妻が老齢厚生年金の受け取り手続きを遅らせると、すでに夫に支払われた配偶者加給年金額が「過払い」になることがある。
- 配偶者加給年金額の付いた老齢厚生年金の受給者は、“離婚”を届け出ないと配偶者加給年金額が「過払い」になる。
- 遺族年金の受給者は、“再婚”を届け出ないと遺族年金が「過払い」になる。
- 日本年金機構の事務処理ミスによる年金の「過払い」は、2019 年度には 219 件発生し、過払い総額は約1億5千万円に上る。
本来の額よりも多く支払われた年金は不当利得とされ、「過払い」の発覚後、原則として返金を求められることになります。
「過払い」の返金に関する時効は5年なので、日本年金機構から「過去5年分の過払いとして、何百万円もの返金を要求される」ケースも存在しています。
年金実務の現場では、受給者の方から「過払い分の年金はすでに使ってしまったので返せない!」とか、「日本年金機構がミスをしたのが悪いんじゃないか!」などの声を聞くこともあります。
しかしながら、法律上の不当利得となる以上、返さずに許されることはありません。
一般的には、日本年金機構が「年金の支払い時に、過払い金額の一部を天引きする」という方法で返金をすることになります。
そのため、過払い金額の天引きが全て終わるまでは、長期間にわたり「大きく減額された年金」しか受け取れなくなり、生活に多大な支障を来すことも少なくありません。
「受け取れないはずの年金」を手に入れたとしても、最終的には得をすることがないようです。
出典・参考にした情報源
日本年金機構ウェブサイト:
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大須賀信敬
みんなのねんきん上級認定講師