どんなニュース?簡単に言うと
障害厚生年金(厚生年金の障害年金)をもらえるようになると、健康保険から受け取った傷病手当金の一部の返金を求められることがあります。これは一体どういう仕組みなのでしょうか。今回は、障害厚生年金と健康保険の傷病手当金との関係を2022年1月からの改正を踏まえて見てみましょう。
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どんなニュース?もう少し詳しく!
健康保険の「傷病手当金」とは
会社勤めをしている人がケガや病気で会社を休んだ場合に、加入している健康保険からお金をもらえることがあります。
これを傷病手当金といいます。
傷病手当金は、ケガや病気で会社を休んでいるために、収入が減少して生活に困ることがないように支払われる金銭です。
ただし、ケガなどで会社を休めば、必ず健康保険から傷病手当金を受け取れるわけではなく、次の4つの条件を全て満たすことが必要とされます。
- 会社を休んだ原因が仕事や通勤によるケガ・病気ではないこと
- 働けない状態であること
- 会社を4日以上、休んだこと
- 会社を休んだ日は、傷病手当金の額よりも少ない給料しか支払われていないこと
4つの条件を、順を追って見ていきましょう。
初めに、1番目の「会社を休んだ原因が、仕事や通勤によるケガ・病気ではないこと」です。
「仕事や通勤によるケガ・病気」の場合には、仮にそれによって会社を休むことになり、給料が減ったとしても、労災保険から給料に関する補償が行われることになっています。
そのため、健康保険ではそれ以外のケガ・病気に起因するものだけを傷病手当金の支払い対象としています。
なお、ケガや病気の原因が仕事や通勤でないケースのことを、「業務外の事由」ということがあります。
2番目の「働けない状態であること」とは、普段行っている仕事がケガ・病気によりできないことを指しています。
ただし、普段の仕事ができないかどうかは、本人の自己申告で決まるわけではありません。
診察をした医師が「できない」と判断することが必要になります。
3番目の「会社を4日以上、休んだこと」とは、会社を休んだ日数が3日以下の場合には、傷病手当金の支払い対象にはならないことを意味しています。
また、会社を休んだ日のうち最初の3日間は連続していることも必要です。
つまり、連続3日会社を休んだ場合に、休業4日目から傷病手当金が支払い対象になるということです。
なお、傷病手当金が支払われない最初の3日間の休業期間のことを、待期期間と呼びます。
この待期期間は、「仮病による傷病手当金の不正受給を抑止する」という目的で設定されているといわれています。
最後は、4番目の「会社を休んだ日は、傷病手当金の額よりも少ない給料しか支払われていないこと」です。
これは、会社を休んでも普段どおりに給料がもらえているのであれば、傷病手当金の支払い対象にはならないことを意味しています。
傷病手当金を支払う目的は、給料の減少を補填する“所得補償”にあります。
仮に、普段どおりの収入があるにもかかわらず、傷病手当金を支払った場合には、ケガ・病気により収入が普段よりも多くなってしまいます。
誤解を恐れずに言えば、ケガや病気をしたことにより「もうかってしまう」ことになり、減少した所得を補償するという制度の趣旨から逸脱することになります。
そのため、普段どおりに給料がもらえているのであれば、傷病手当金の支払い対象にはされないわけです。
以上の4条件を満たした場合、傷病手当金はもらい始めてから最大で1年6カ月の間、条件を満たした日に対して給料の3分の2に当たる額が(正確には、直近1年間の標準報酬月額の平均の3分の2に当たる額が)支払われます。
現在、傷病手当金は公的医療保険制度全体で 1 年間に約 4,000 億円支払われており(医療保険に関する基礎資料~平成 30 年度の医療費等の状況~/厚生労働省)、また、協会けんぽの場合には、1年間に支払った傷病手当金の約半分は、精神などの障害またはガンのいずれかが原因となっています(現金給付受給者状況調査報告令和元年度/全国健康保険協会)。
ここがポイント! 健康保険の「傷病手当金」とは
傷病手当金とは、業務外の事由によるケガ・病気が原因で会社を休んだ場合に、収入の減少を補填するために支払われることがある金銭である。
2022 年 1 月から始まる傷病手当金の「支給期間の通算化」
健康保険の傷病手当金は、最大で1年6カ月の間、受け取ることが可能です。
ただし、これは「“1 年 6 カ月分”の傷病手当金をもらえる」という意味ではありません。
1 年 6 カ月の間であっても、傷病手当金を受け取る条件を満たしていない日については、もらうことができないからです。
例えば、傷病手当金をもらい始めてから 1 年 6 カ月の間に、病状が回復して会社に出勤した日があるとします。
この場合、出勤した日については、そもそも会社を休んでいないのですから傷病手当金の支払い対象にはなりません。
また、傷病手当金をもらい始めてから1年 6 カ月経った後については、同じケガ・病気で欠勤したとしても傷病手当金は支払われません。
従って、傷病手当金の総受取額は“1 年 6 カ月分”に満たないケースも出てくることになります。
実は、この仕組みの一部が、2022(令和4)年1月1日から改正されることが決まっています。
改正の内容は、傷病手当金を受け取り始めてから1年6カ月を経過した後であっても、それまでと同じケガ・病気で欠勤した場合には、傷病手当金の受け取りが通算で“1年6カ月分”に達するまでもらえるようにするというものです。
このような仕組みを、傷病手当金の「支給期間の通算化」といいます。
ただし、会社に出勤した日が傷病手当金の支払い対象にならない点は、変更はありません。
実は、公務員が加入する共済組合にも傷病手当金の制度があるのですが、こちらの制度は現在、「通算で“1年6カ月分”をもらえる」という支給期間の通算化の仕組みが採用されています。
そのため、同じ趣旨の公的な手当金であるにもかかわらず、「公務員は支給期間が通算化され、最大で“1年6カ月分”を受け取れるが、民間企業の社員は通算化されず、“1年6カ月分”を受け取れるとは限らない」という差異が存在しています。
つまり、傷病手当金にも官民格差が生じているわけです。
今回の傷病手当金に関する制度改正は、このような官民格差を是正するという目的もあるようです。
ここがポイント! 健康保険の「支給期間の通算化」とは
「支給期間の通算化」とは、傷病手当金を通算で“1年6カ月分”に達するまで受け取れる制度で、2022 年 1 月 1 日から開始される。
重症の場合には傷病手当金を受け終わったら障害厚生年金へ
健康保険の傷病手当金は、給料が減った場合の所得補償として有用な制度ではあるのですが、現状では最大で1年6カ月間しか受け取ることができません。
2022(令和4)年 1 月から法改正が行われたとしても、通算で“1 年 6 カ月分”を受け取ったら終了です。
それでは、傷病手当金をもらい終わってもまだ働くのが困難なほど、重度の障害が残った場合には、どうすればよいのでしょうか。
このようなケースで利用できる可能性がある公的な制度が、障害厚生年金(厚生年金の障害年金)です。
障害厚生年金は、最初に医療機関で診察を受けてから1年6カ月を経過した時点で、定められた障害等級に該当している場合に、もらうことができる年金です。
通常、厚生年金と健康保険はセットで加入するので、健康保険の傷病手当金をもらっていた人の場合には、重度の障害が残ったケースであれば障害厚生年金ももらえる可能性があります。
そのため、ケガ・病気の発生後、最初の1年6カ月間は健康保険から傷病手当金をもらい、1年6カ月経過した後は障害厚生年金をもらうことにより、継続的に公的な支援を受けられることになります。
ココがポイント!傷病手当金を受け取り終わった後の公的支援
重症者の場合には、1年6カ月に及ぶ傷病手当金の受け取りが終了した後、障害厚生年金の受け取りに移行することで、継続的に公的支援が利用可能である。
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障害厚生年金と傷病手当金は同時にはもらえない?
ところで、ケースによっては同時期に同じケガ・病気が原因で、障害厚生年金と健康保険
の傷病手当金の両方が支払い対象になることがあります。
同時期に両方が支払い対象になる理由はさまざまですが、一例を挙げると、「最初に医療機関にかかった日から1年6カ月が経過する前に症状が固定した場合」が該当します。
前述のとおり、障害厚生年金は最初に医療機関にかかった日から1年6カ月が経った日に厚生年金の障害等級に該当している場合、その他の要件も満たしていると受け取れることになっています。
ただし、最初に医療機関にかかった日から1年6カ月が経つ前に症状が固定し、それ以上治療の効果が期待できない状態になった場合には、その時点で厚生年金の障害等級に該当していれば、その他の要件も満たしていることを条件に障害厚生年金をもらうことが可能
です。
例えば、最初に医療機関にかかった日から1年を経過したところで症状が固定して障害等級に該当する場合には、その他の要件を満たせば、所定の手続きを行うことで障害厚生年金をもらえることになります。
そのため、ケガ・病気から1年6カ月間もらえる傷病手当金と障害厚生年金とで、支払い対象になる期間の一部がダブることになります。
このように同一期間について、同じケガ・病気を原因とする障害厚生年金と傷病手当金の両方がもらえる状態になった場合には、残念ながら両方ともそのまま受け取れることはありません。
障害厚生年金はそのままもらえますが、傷病手当金の受取額は調整されることになっています。
「受取額が調整される」とは「受取額が減らされる」ことを意味します。
つまり、傷病手当金がカットされてしまうわけです。
それでは、傷病手当金の調整方法を説明しましょう。
傷病手当金の調整は、傷病手当金と障害厚生年金の金額を比較して行われます。
ただし、傷病手当金は“1 日分の額”で決められているのに対し、障害厚生年金は“1年間の額”で決められているため、両者の金額を単純に比べることができません。
そこで、年額で決定されている障害厚生年金の額を“1日分に相当する額”に換算し、“1 日分の額”同士で比較をすることになります。
具体的には、1年間を 360 日とし、障害厚生年金の額を 360 で割ることにより、“1日分に相当する額”を決定します。
このようにして求めた障害厚生年金の“1 日分に相当する額”と傷病手当金の“1日分の額”を比較したとき、障害厚生年金のほうが多い場合には、傷病手当金は全く支払われないことになります。
反対に、傷病手当金のほうが多い場合には、障害厚生年金との差額分だけが、傷病手当金として支払われます。
具体例で考えてみましょう。
例えば、傷病手当金の“1日分の額”が 6,000 円、障害厚生年金の“1 年間の額”が 180 万円だとします。
この場合、障害厚生年金の“1日分に相当する額”は 5,000 円(=180 万円÷360)になります。
このケースは、傷病手当金の“1 日分の額”(6,000 円)のほうが障害厚生年金の“1日分に相当する額”(5,000 円)よりも多い状態です。
そのため、障害厚生年金はそのまま支払われ、傷病手当金は障害厚生年金との差額の1,000 円(=6,000 円-5,000 円)のみが支払われることになります。
つまり、障害厚生年金がもらえる期間については、傷病手当金が 1 日当たり 5,000 円(=6,000 円-1,000 円)カットされるわけです。
一般的に、障害厚生年金よりも傷病手当金のほうが、先に受け取りが始まります。
そのため、傷病手当金を受け取っていた人が、後日、障害厚生年金を受け取れるようになると、上記のようなケースでは、すでに受け取り済みの傷病手当金の一部について返金を求められることになります。
このような仕組みにより、一つのケガ・病気に対して重複して補償が行われないように制度が作られています。
ココがポイント!障害厚生年金と傷病手当金が同時にもらえる場合の調整
同一期間について、同一の傷病に基づく障害厚生年金と傷病手当金の両方を受け取れる場合には、障害厚生年金が優先的に支払われる。傷病手当金の額が障害厚生年金の日額よりも多い場合に限り、差額が傷病手当金として支払われる。
障害厚生年金のことを黙っていたらどうなる
健康保険の運営団体が障害厚生年金と傷病手当金との調整を適切に行うには、「障害厚生年金と傷病手当金の両方を同時にもらえる人」の情報を漏れなく把握する必要があります。
それでは、健康保険の運営団体は、そのような個人情報をどうやって入手するのでしょうか。
これには、傷病手当金の申請書にカラクリがあります。
傷病手当金の申請書には、「傷病手当金と同一の傷病で障害厚生年金を手続き中または受給中であることを記載する欄」が設けられています。
傷病手当金は、会社の給与計算の締め日に合わせて 1 カ月単位で申請することが多いので、健康保険の運営団体は傷病手当金の支払期間である1年6カ月の間、毎月提出される申請書で、障害厚生年金の手続き状況や受給状況を確認できるわけです。
ところで、この話を聞いて、次のように考えた方はいるでしょうか。
「それでは、傷病手当金の申請書に障害厚生年金のことを書かなければ、傷病手当金のカットを回避できるのではないか?」
気持ちは分からないではありませんが、残念ながら、仮に傷病手当金の申請書に障害厚生年金に関する記載をしなくても、障害厚生年金を手続き中・受給中である事実を健康保険の運営団体に隠すことはできません。
健康保険の運営団体は、傷病手当金の申請者の「年金受給に関する情報」を日本年金機構から入手できるからです。
例えば、協会けんぽの場合には現在、毎月1回、傷病手当金の申請者について、障害厚生年金の受給に関する情報提供を日本年金機構から受け、傷病手当金の調整に活用しています。
そのため、傷病手当金の申請書に障害厚生年金のことを書かなければ傷病手当金のカットを免れるわけではありません。
ココがポイント!申請書の書き方次第で傷病手当金のカットを回避できるのか
健康保険の運営団体では、傷病手当金の申請者の「年金受給情報」を日本年金機構から入手できる。そのため、仮に傷病手当金の申請書に障害厚生年金に関する記載をしなくても、傷病手当金のカットは回避できない。
今回のニュースまとめ
今回は、障害厚生年金と健康保険の傷病手当金との関係について見てきました。
ポイントは次のとおりです。
- 傷病手当金とは、業務外の事由によるケガ・病気が原因で会社を休んだ場合に、支払われることがある金銭である。
- 傷病手当金の「支給期間の通算化」とは、傷病手当金を通算で“1年6カ月分”に達するまで受け取れる制度で、2022 年 1 月 1 日から開始される。
- 重症者の場合には、1年6カ月の傷病手当金の受け取り後、障害厚生年金の受け取りに移行することで、継続的に公的支援を利用できる。
- 同一期間について、同一の傷病に基づく障害厚生年金と傷病手当金の両方を受け取れる場合には、障害厚生年金が優先的に支払われ、傷病手当金の支払いは調整される。
- 健康保険の運営団体は、傷病手当金の申請者の「年金受給情報」を日本年金機構から入手できるので、傷病手当金の調整を回避することはできない。
以上の話は会社に勤めるサラリーマンが入る医療保険=健康保険の話でした。
それでは、自営業者や自営業者のもとで雇われて健康保険に加入しない人は傷病手当金をもらえるのでしょうか?
これらの方々は自治体が運営する国民健康保険に加入しています。
国民健康保険の加入者のほとんどは、健康保険の加入者と異なり、業務外の事由によるケガ・病気で仕事を休んでも、傷病手当金を受け取れません。
法律上、国民健康保険の運営団体が傷病手当金の制度を設けることは任意とされているため、一部の国民健康保険組合を除き、ほとんどの国民健康保険の運営団体は傷病手当金の制度を設けていないからです。
ところが、現在は国民健康保険の加入者であっても、新型コロナウイルス感染症に感染したことなどが原因で仕事を休んだ場合に限り、傷病手当金を受け取ることが可能になっています。
これは、国からの財政支援により時限的に行われている制度で、国民健康保険に加入しながら働き、「給料をもらっている方」が対象とされています。
「給料をもらっている方」が対象なので、残念ながら個人事業主本人はこの制度の対象にはなりません。
ただし、一部の地方自治体の国民健康保険では、コロナ感染で仕事を休んだ個人事業主本人に対しても、“傷病手当金に相当する金銭”の支払いを独自に行っているようです。
お心当たりの方は、市区町村や国民健康保険組合の窓口に、ぜひお問い合わせください。
出典・参考にした情報源
全国健康保険協会ウェブサイト:病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/sb3040/r139/
厚生労働省ウェブサイト:全世代対応型の社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律案の概要
大須賀信敬
みんなのねんきん上級認定講師